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	<title>G8・脱温暖化 チームマイナス80</title>
	<link>http://goodnews-japan.net/news/team-80</link>
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	<lastBuildDate>Wed, 25 Mar 2009 14:30:29 +0000</lastBuildDate>
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	<item>
		<title>《動物写真家・小原玲の地球レポート》流氷のアザラシの赤ちゃんと地球温暖化の進行（2）</title>
		<description>　プクプクに太ったタテゴトアザラシの赤ちゃん

アザラシの赤ちゃんはだいぶ大きくなりました。現在、生後12－13日目ぐらいでプクプクです。赤ちゃんたちはお母さんの脂肪分の濃いおっぱいを飲んで１日に２キロずつ太ってきます。出産時10キロぐらいなので、現在の体重は30キロを超えていると思われます。

 
   母子が過ごすのはたった２週間ですが、その間は愛情いっぱいです

シーズン最初に気温がプラスになった暖かい日があったので、氷のその後を気にしていたのですが、その直後にマイナス15°Ｃまで下がったために氷は無事にもっています。すでに赤ちゃんたちはだいぶ大きくなっているので、このあと暖かい日が来ても赤ちゃんが乗れるぐらいの氷は残っているでしょう。今年の赤ちゃんが独り立ちする前に氷がなくなってしまうことはまずないでしょう。

ただし雨がよく降るようになりました。昔はアザラシの赤ちゃんのシーズンに雨が降ることは、めったにありませんでした。天候が悪化すれば、雨ではなく吹雪でした。雨が降ったあとの氷の上はツルンツルンです。これも地球温暖化の影響でしょう。氷も面積は広いのですが、隆起が少ない氷です。氷は押しつけあって隆起ができ、厚くなっていくのですが、それがない氷です。この10年の流氷しか見たことがない人から見れば、多い氷に見えますが、それ以前の氷を知っている私や地元のガイドから見れば、昔の流氷とは別物です。


　お母さんのお乳を飲んだあとは、とっても幸せそうな赤ちゃん


氷に行くたびに赤ちゃんが大きくなっていきます。その変化を見るのもここの楽しみです。生まれてすぐの赤ちゃんは好奇心旺盛で、私の匂いを嗅ぎに近寄ってきましたが、30キロもあるプクプクの赤ちゃんは近寄ってきません。体が重いので、あまり動きたがりません。そっと体を低くして近づくと、そばに寄ることができます。

アザラシの赤ちゃんとの出会いを求めて、日本からも観光客の方たちが訪れています。アザラシの赤ちゃんと並んで記念写真を撮ったり、そっと体に触れることができます。このウォッチングができた経緯には、80年代のアザラシ漁への反対運動の影響があります。


　日本からも多くの観光客が訪れ、アザラシの赤ちゃんとの出会いを楽しんでいます

アザラシの赤ちゃんは、最初は食用や油目的、次に毛皮目的で漁の対象になりました。飛行機や大型船を使っての大量捕獲が行なわれて、その生息数の急減への警告が生態学者によって指摘され、大規模な漁への反対運動が行われました。その結果、「白い赤ちゃんの漁が禁止」になり、白い毛皮目的の漁はなくなりました。

アザラシウォッチングはその中で「漁から観光へ」の収入の転換を目的に始まりました。ところが収益は地元の人たちではなく、それを提唱した動物保護団体が持っていってしまう。その構図に疑問を感じた地元の人たちが自らの手で行なおうとして始めたのが、現在のマドレーヌ島のアザラシウォッチングです。日本からも毎年100人ぐらいの観光客がやってきます。

私はかつては天安門事件、湾岸戦争、ソマリアなどを取材した報道カメラマンだったのですが、始まったばかりのウォッチングに参加してアザラシの赤ちゃんとの出会いを体験し、それを機に動物写真家へと転身していきました。

広大な大自然の中での可愛らしい動物の赤ちゃんとの出会いには、それだけの魅力があります。

そして氷の上を訪れた方に勧めているのが、アザラシの赤ちゃんだけでなく、流氷の上での時間も楽しんでくること。地球温暖化で数十年後に流氷ができるかどうかはわかりません。この20年間の流氷の変化を知っている私からは、それは決して大げさな警告ではありません。


　氷の上に寝転がると、流氷の広大さを実感し、耳をすますといろいろな音が聞こえてきます

流氷とはどういうものか体で感じてほしいので、氷の上に寝転がって見ることを勧めています。360°が水平線の流氷で見る青空は地球上で見ることができる最も広大な空です。そして時には耳をすませてアザラシの赤ちゃんたちの鳴き声を聞いてください。

私たちが素晴らしい生命力あふれる惑星に生きていることを実感する時になるでしょう。

　（写真・文／小原玲 ©Rei Ohara 2009 All rights reserved ）
　　※この記事は環境専門ニュースサイト・ジアスニュースに提供しています </description>
		<link>http://goodnews-japan.net/news/team-80/2009/03/25/198</link>
			</item>
	<item>
		<title>《動物写真家・小原玲の地球レポート》流氷のアザラシの赤ちゃんと地球温暖化の進行（３）</title>
		<description>　タテゴトアザラシの母子が一緒に過ごすのは、たった２週間しかありません。短いが凝縮された子育てが流氷の上で行われます。

　氷を訪れるたびに氷が割れて海が広く現れていきます。春が近づき、日に日に暖かくなっているのがわかります。




　タテゴトアザラシのお母さんが赤ちゃんを水辺に誘う

　子育てが終わりに近づくころ、お母さんは赤ちゃんを水際に誘います。水に入るお母さんにつられて恐る恐る水に入る子もいれば、なかなか入ろうとしない子もいます。時にはお母さんの泳ぐ姿をのぞこうとして、水際に来て滑り落ちてしまう子もいます。そうして徐々に水に入っていくことを覚えていきます。


たった２週間の母子の期間がもうじき終わる

　赤ちゃんが水に入るとお母さんはすぐにやってきて、顔を水面から上げて泳ぎます。赤ちゃんはお母さんの顔を見たくて、水面から顔を出し息継ぎを覚えていきます。また時々深く潜るお母さんの姿を目で追いますが、まだ赤ちゃんは潜ることがうまくできません。脂肪が付きすぎた体は浮いてしまいます。
　水にはオスたちの群れがやって来ています。お腹を上に出し、ブルルルと鼻息で音をたててメスたちの気を引こうとしています。赤ちゃんの泣き声とお母さんの声が響いた流氷に新しい音が加わり賑やかになります。

　泳ぎの練習があって数日のうちに流氷からだんだんとお母さんの姿が消えていきます。オスたちとともに先に北の海に戻りだすのです。氷の上には赤ちゃんだけが残されます。


　氷の上には赤ちゃんだけが残される

　赤ちゃんたちは多分お母さんを探して、動くものがあると近づいていっているのでしょう。赤ちゃんばかりが集まっている光景があります。少し前までは赤ちゃんの泣き声で賑やかだった氷が、既に泣いても無駄なことを悟ったのか、随分静かになっています。

　残された赤ちゃんを守ってくれるのが流氷です。流氷には天敵のシャチが入って来れません。流氷で休み休み泳ぎを覚えていくことができます。

　赤ちゃんたちの白い毛はだんだんと抜けだし、下から黒い短い毛が現れ出します。まだらに毛がぬけた姿は「ラグジャケット（ボロ上着）」と呼ばれています。


　赤ちゃんの白い毛が抜け出し，黒い短い毛が現れてくる

　この毛の抜け方が近年少し早い感じがしています。それには雨が関係していると思っています。かつてこの辺りで悪天候といえば粉雪の吹雪でした。ところが最近は雨がよく降ります。しかも、みぞれではなく完全な雨だったりします。今年久しぶりに粉雪の吹雪を見た時にとても懐かしく感じたのですが、それも数時間後には音をたてた強い雨に変わっていました。この雨で洗い流されるように毛が抜けるのが進んでいるようです。これも地球温暖化の影響でしょう。


　だんだんと氷の間に海が開いてくる。春の訪れを感じる時だ

　2009年のカナダの流氷は赤ちゃんが独り立ちするまでに溶けてなくなってしまうようなことはなさそうです。お母さんがいなくなってもまだ大きな氷が残っています。

　ところが心配なのは日本の流氷です。北海道の方がより南に流氷が到達するため出産時期はカナダの後になるのですが、現在北海道の流氷は非常に少ない状態です。昨年、私は北海道の流氷のアザラシが独り立ちする前に、氷がなくなっていることを取材し、新刊『流氷の伝言－アザラシの赤ちゃんが教える地球温暖化のシグナル』（教育出版）にて報告しましたが、今年はそれよりも３－４週間近く流氷がなくなるのが早いようです。今年の日本の沿岸で産まれるアザラシには被害が出ることが予想されます。しかも、その状況を調査するのに見に行く氷すら日本の沿岸にない状態です。
　海氷情報センターが出す海氷速報の図を見つめながら心配する日々が続きそうです。
　＝おわり

　（写真・文／小原玲 ©Rei Ohara 2009 All rights reserved ）
　　※この記事は環境専門ニュースサイト・ジアスニュースに提供しています

　動物写真家 小原玲のブログ

　海氷情報センター（第一管区海上保安本部）

　「流氷の伝言—アザラシの赤ちゃんが教える地球温暖化のシグナル」（教育出版） </description>
		<link>http://goodnews-japan.net/news/team-80/2009/03/25/197</link>
			</item>
	<item>
		<title>《動物写真家・小原玲の地球レポート》流氷のアザラシの赤ちゃんと地球温暖化の進行（１）</title>
		<description>
　2009年３月１日生まれのタテゴトアザラシの赤ちゃん

　カナダのセントローレンス湾の流氷でタテゴトアザラシの写真を撮りだして20年になります。　当初の氷は厚く、何度も押し付けあって隆起した氷でした。ところが10年ほど前から氷の様子が変わりました。赤ちゃんがボロボロの氷で産まれたり、２週間たって親離れしたころには氷が溶けてなくなってしまうというような年が現われ始めました。

　最初はその年だけの一時的なことだと思っていました。そのような年は私が来るようになる随分前にも1969年と1981年の記録が残っています。でも１年だけで終わり、その後はまた大量の氷がやって来ました。ところがこの10年間にはそのような氷の悪い年が1998年、2000年、2002年、2005年、2006年、2007年と頻発しました。

　このような氷が悪い年に産まれた赤ちゃんたちの何割かは、泳ぎや餌(えさ)取りを覚える前に氷がなくなって溺死(できし)しているだろうと推察されています。氷の上で産まれた赤ちゃんは約２週間で母親と別れます。その後、氷の上に残されますが、広大な流氷が、天敵のシャチが入って来るのを防ぎ、泳ぎが下手でも氷の上で休むことができたのです。ところがそのような氷が早く溶けて消えてしまうわけです。

　さて今年2009年の氷はどうだろうか？　不安を胸にアザラシの赤ちゃんが産まれた流氷にヘリコプターで行って来ました。


　2009年の流氷。黒い点はタテゴトアザラシの母親たち　

　衛星からの流氷分布図を見ると、2009年のカナダの流氷は１月ごろからどんどんと増えました。昨年末から例年にない寒さと大雪がカナダを襲い、流氷は久しぶりに早い時期から出来始めました。この数年の悪い年には２月半ばにならないと氷が出来ないような状態だったのに、今年は１月中旬から氷が多かったのです。

　このままだと久しぶりに15年以上前の隆起がいっぱいある広大で厚い氷が見られるかなと期待もしたのですが、２月の後半から急に暖かい日が始まりだし、急に氷は緩みだしています。最初にできた厚い氷はどんどん大西洋に流されて荒波で砕け出し、湾の中の氷も徐々にその流れにのって外に出ていこうとしているのが流氷分布図からわかります。

　１年ぶりのセントローレンス湾の流氷の上をヘリで飛びました。流氷は多いです。海が出ている場所がほとんどありません。この点では10数年前のような氷です。しかし、氷の密接度があまり強くありません。氷はくっついたり離れたりを繰り返すのですが、それによって重なりあった隆起ができます。その隆起が昔に比べると少ないし、小さいです。

　広さはすごくあるのですが、実際の厚さはそれほどでもないと思われます。でもこの10年に頻発した氷の悪い年に比べたら全然良いです。多分今年の赤ちゃんが育ち終わるころまで流氷はもつでしょう。ただし、そうした予測が裏切られた年があるのもこの10年間です。

 
　　タテゴトアザラシの母子。親の背中には竪琴模様がある 

 　流氷の上に着陸して赤ちゃんたちを撮影します。
　今朝産まれたであろう出産の血が生々しく流氷に残っている赤ちゃんがいます。まだ産まれてからお母さん以外の生きものを見たことがありません。お母さんが水に入っているすきに近づいて氷に横になると、「お母さんかな？」という顔をして好奇心いっぱいの目で近寄って来て、私の匂(にお)いを嗅(か)ごうとします。カメラの直前までやってきます。

　「何年見ても可愛(かわい)らしいなあ」。つくづくそう思います。

　こんな可愛らしい赤ちゃんと同じ流氷の上で時間を過ごせる喜び。本当にいいものです。


　この日の朝産まれたばかりの赤ちゃん。出産の際の血が生々しい


　母子の授乳シーン。母子が一緒にいるのはたった２週間

　シーズン初日は短時間しか氷の上にいることができませんでした。このあとシーズンは２週間続きます。その様子を３回に分けて報告したいと思います。今年の流氷がこのままいい状態で赤ちゃんが大きくなるまで残ってくれていることを心から期待します。

（写真・文／小原玲 ©Rei Ohara 2009 All rights reserved ）
　※この記事は環境専門ニュースサイト・ジアスニュースに提供しています

　動物写真家・小原玲のブログ

　新刊「流氷の伝言－アザラシの赤ちゃんが教える地球温暖化のシグナル」（教育出版）のご案内 </description>
		<link>http://goodnews-japan.net/news/team-80/2009/03/04/196</link>
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	<item>
		<title>小水力発電推進し、農村に電気自動車 – 岐阜・富山で研究開発プロジェクト</title>
		<description>農村地域の水路や沢などを利用した小水力発電の本格的な推進に向けたプロジェクトが岐阜県と富山県で始まっています。将来は、発電した電力で、こうした地域での移動手段として有望な電気自動車を走らせようというプランも検討されています。
研究に取り組んでいるのは「小水力を核とした脱温暖化地域社会形成」研究プロジェクト（代表：駒宮博男NPO法人地域再生機構理事長）のメンバーで、2009年１月８日（木）には、名古屋市内で会合が開催され、研究の進捗状況や来年度以降の研究計画と展望について話し合われました。以下は、研究チームによるレポートです。（編集部）

「小水力を核とした脱温暖化地域社会形成」研究プロジェクトは、科学技術振興機構社会技術研究開発センターによる「地域に根ざした脱温暖化環境共生社会」研究開発プロジェクト（領域総括：堀尾正靱東京農工大学名誉教授）の助成を受けて実施されているもので、昨年10月からの５カ年計画。

研究では非常に有望な再生可能エネルギーである小水力を核として、中山間地や農村などの地域資源の活用を促進し、直面するエネルギー問題の解決策を見出すと同時に集落の自立・再生を促すメカニズムを創出することを目指している。

 
　　　水車から家屋まで電線を引く作業　　　　　　　らせん水車で発電した電気による明かり

　　　　　　　　　　      　（写真はすべて岐阜県郡上白鳥町石徹白で撮影)

実施フィールドは、どのくらいの水力発電ができるかを推定した包蔵水力が、国内第１位と第２位である岐阜県と富山県の農村地域とし、両県の異なる集落条件を利用して研究を進める。両県の集落を比べると、岐阜県は中山間地に中規模集落が数多く存在しているのに対し、富山県は山間地に比較的小規模な集落が存在すると同時に扇状地に広大な農村が開けている。本プロジェクトではそれぞれの地理的・集落的特性に適した小水力エネルギー利用を目指し、発電したエネルギーの利用モデル開発や小水力発電の導入プロセス開発に取り組む。

プロジェクトは両県の研究者を中心とする協力体制で進められ、岐阜県内のNPO法人である地域再生機構の他に、富山国際大学や富山工業高等専門学校、茨城大学、農水省の農村工学研究所などが参加している。


　　　　　　　　　　　　　　　　らせん水車の設置作業

８日に行われた会合での報告によると、これまでに岐阜県内の山村集落である石徹白にらせん水車を用いた200W の発電装置1機を設置し、隣接する家屋に電力供給を始めた。さらに富山市の山村農家では裏山の沢水を利用して800Wと500Wの小水力発電施設を設置し、３月に稼動する予定であることが報告された。これらの実験施設からは今後の小水力発電導入における基礎データを集めることが予定されている。


　　　　　　　　　　発電を始めたらせん水車による小水力発電機


　　　　　　　　　　　　　　勢いよく回転するらせん水車

本プロジェクトのモデル地域のひとつである石徹白では、少なく見積もって3000kW の電力を得ることができると試算されており、人口約300人、世帯数約110戸の石徹白全世帯の電気エネルギーを賄ってもなお十分な余剰が生まれる。そこでさらに小水力発電の村内産業への実証研究を計画しており、来年度に向けて準備を進める。

また、将来的には農山村で利用されている自動車の多くを電気自動車に代替することも目指しており、農村への電気自動車の導入に関する諸問題の整理と解決のための研究も進めている。原油価格が高騰し乱高下する中で、将来を見すえた電気自動車への注目は近年になって急速に高まっているが、普及に先立って解決すべき社会的問題は多数指摘されている。

一方、小水力で作り出した電力を効率よく地域で活用するための要の技術として電気自動車はきわめて重要な要素である。電気自動車には大容量のバッテリーやキャパシターが搭載されるため、電力需給バランス調整装置としても有望であり、電気自動車などを用いた電力需給バランス調整方法についても検討された。

さらには、電気自動車の導入によって新たなメンテナンス技術者が地域内に必要となるため、それによる雇用の創出と人材育成のあり方についても話し合われた。今後は農村における電気自動車導入の経済的・制度的・教育的側面からも議論をすすめ、電気自動車導入に関するビジネスモデルなどについても検討していく予定である。

（研究代表：駒宮博男　富山ユニット：上坂博亨、水林義博） </description>
		<link>http://goodnews-japan.net/news/team-80/2009/01/10/194</link>
			</item>
	<item>
		<title>《シリーズ・クリチバの奇跡に学ぶ》　ひとを主人公にした「花通り」の誕生</title>
		<description>ブラジルのクリチバ市は、1970年代からひとを主人公とする革新的なまちづくりを続けてきたことで世界中から注目されています。生物多様性条約第８回締約国会議（COP８）の開催地でもあるこのまちでは、生物多様性への配慮も随所にみられます。戦後、日本からブラジルに移住し、このまちづくりの立役者の一人となった・元クリチバ市環境局長の中村ひとしさんに、自らの体験を基に、「クリチバの奇跡」をシリーズで振り返っていただきます。（掲載は毎月１回程度を予定しています）

「都市の主人公は、「ひと」である。　故にひとを大切にするまちづくりをしなければならない。」という強い信念を持って1971年、都市計画家で建築家でもあるジャイメ・レルネル（Jaime　Lerner）氏は、33歳の若さでブラジル国はパラナ州の州都であるクリチバ市の市長になりました。そして翌1972年、当時クリチバ市では最も賑やかで交通量の多かった繁華街、キンゼ・デ・ノヴェンブロ通りから完全に車をシャットアウト、平日でも車の入ることの出来ない全くの歩行者天国にしました。これは市民に実際に車のない中心街を体験してもらい、ほんとうに「ひと」を大切にするまちづくりに目覚めてもらうことが目的でした。



キンゼ・デ・ノヴェンブロ通りの昔（上の写真）と今（下の写真）



その頃のクリチバ市の人口は60万人。ここクリチバ市も世界の他の多くの都市と同じく、交通渋滞、公共交通の不整備、緑地や公園の不足等々、世界中のどこにでもある問題を多く抱えた一地方都市にすぎませんでした。それが見事に世界的な人間都市に生まれ変わったのです。

一方世界の都市計画家達の羨望の的となった首都ブラジリアは、都市機能を主眼において設計・建設された。　車による移動がすべての基本であり、まさに２１世紀へ向けての新しい都市モデルとして出現し注目を集めました。しかし実際にはヒューマンスケールがほとんど無くなってしまったのです。

ほぼ同時期にでき上がった２つの都市、人間都市クリチバと自動車を中心とした都市計画の見本のような都市ブラジリア。しかし40年近く経った今、クリチバ市は世界中から人間都市、環境都市として注目を浴びるようになり、一方ブラジリアは、都市機能が止まってしまう程の大渋滞と、しかし自動車なしでは生活できない都市として苦悩し、地球温暖化対策にも全く相反する都市となってしまっています。 

いまではこの通りは「花通り」と呼ばれ人間都市クリチバのシンボルであり、また市民の誇りにまでなっています。しかし当初これを実現するには大変な苦労がありました。特にこのキンゼ・デ・ノヴェンブロ通りの商店主たちは全員が車の締め出しには大反対でありました。　彼らは「この通りで商売が成り立っているのは、お客さんが車で来てくれるからであり、もし車が入れなくなればお客さんが来なくなり商売ができなくなって潰れてしまう」　という意見でした。しかし、「ひと」を大切にするまちづくりに強い信念を持っていたジャイメ・レルネル市長は、自の政治生命をかけてこれを強行したのです。通りの３区間(約４００メートル）の車道を歩行者専用道に換えてしまったのです。　かつて車道であったところには花あり、緑あり、ベンチあり、喫茶店に花売り店、雑誌店等々が適度に配置され、「ひと」と「ひと」との出会いの場をつくり、「ひと」のための空間を取り戻したのであります。これが「花通り」の始まりでした。 

この工事は実際には大型連休の期間を利用して実行され、クリチバ市役所の全部署が協力し合い、たった72時間で完成させてしまったのです。　連休明けに休暇から戻って来た商店主達はこれを見て怒って裁判所に訴え、次の週末には全員でこの花通りに車を乗り入れ、もとの車道に戻そうと計画しましたが、しかしいざ実行という土曜日の朝、大型トラックやジープなどに乗り現場に駆けつけた商店主達はある光景を目の当たりにし、この計画を断念せざるを得なくなったのです。それは400人もの子供達が花通りいっぱいに広がって、親達と共に楽しそうに絵を描いていたからであります。

やがて花通りには人々が集まりだし、反対していた商店主達の店の売上げも上がってきたのです。そしてその２ヵ月後にはこの花通りにつながる区画の商店主たちが市長に面会を求め、自分達の通りも花通りにするよう陳情をしたのです。この様にして花通りは次々と延長され、集客人口が増えていったのです。　ちなみにこの「土曜日のお絵描き会」は、その記念としていまでも続いています。 

ジャイメ・レルネル氏いわく　「車は、例えれば姑と同じで、いつも良い関係を保っていなければならない。しかし、その姑に家庭を乗っ取られてはいけない。」

（中村ひとし） </description>
		<link>http://goodnews-japan.net/news/team-80/2008/12/25/193</link>
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	<item>
		<title>学生たちが温暖化ディベート劇 - ECO Glocal Festival開催</title>
		<description>「ECO Glocal Festival –Think globally, Act locally-　地球規模で考えて、身近なことから始めよう!」(主催:学生有志団体Peace Smile)が2008年12月13日(土)、東京都渋谷区のJICA地球ひろばで開催された。このイベントは、エイズのキャンペーンなどで実績を上げている学生有志団体Peace Smileの２周年を記念し、地球温暖化についてもう一度深く考え直すこと、何かひとつでも環境問題へ取り組むキッカケを得てもらうこと、環境問題について取り組む人々をつなぐことを目的に企画された。

イベントは、東京都と神奈川県を中心に約10校の大学から集まったスタッフたちで作られた。


ディベート劇「地球温暖化サミット」


コスプレしてサミットに臨む、経済大国、国家連合体、極東のとある国、
開発途上国、被害国、子供、動植物の代表たち

第一部は、普段は日本の立場からしか物事を見ることが出来ないという疑問から、様々な立場に立って考えることをテーマにディベート劇「地球温暖化サミット」が開催された。経済大国、国家連合体、極東のとある国、開発途上国、被害国、子供、動植物の代表がそれぞれの立場で自らの立場を主張する。それぞれの代表は、学生環境団体を母体としたチームを作り、それぞれの立場を設定し、それぞれの主張をまとめ討議する。EU、アメリカ、日本、途上国、それぞれの利害が複雑に絡む中、動物たち代表が「あなたたち人間は度々”私たちの地球”と言いますが。果たして、その”私たち”に動植物が含まれているのでしょうか。これまで多くの仲間が死に絶えてきました。今もこの瞬間にも環境悪化のために命を落としている動植物がいるのです」との主張に思わず拍手を送る人間も・・・。


動植物代表たち


レジ袋削減報告 

次いで、桜美林大学環境サークルエコレジ、慶應義塾大学藤沢キャンパス浜中裕徳研究室、横浜市立大学環境サークルSTEP UP↑による、それぞれの大学生協でのレジ袋削減への取り組みが発表された。


アンニャ・ライトさんの歌にあわせて自由に踊る子供たち 

第一部の締めくくりは、環境活動家アンニャ・ライトさんのトークライブ。生命をつなぐことへの熱いメッセージが発せられた。


活動発表

第二部は、環境問題について取り組む人々をつなぐことを目的とした文化祭ということで、学生団体を中心に、NGO/NPO、フェアトレード業者やエコツーリズムの旅行会社をはじめとする企業など約25団体のブースが立ち並んだ。


学生有志団体Peace Smile　代表:清綱春香さん(左)とイベントリーダーの武久茉莉さん


日本人１人が１年間に排出するCO2の量を示したビニール袋

学生有志団体Peace Smileは、12月22日23日に開催される「エココン2008」に参加するなど、自分の「想い」を「形に」し、「やりがい」と「笑顔」をつくる活動を続けるとのこと。

(東山高志) 

関連情報 

学生有志団体Peace Smile　 http://www.geocities.jp/peace_smile_in_kanagawa/

JICA地球ひろば　東京都渋谷区広尾4-2-24　 http://www.jica.go.jp/hiroba/ 

エココン2008　全国大学生環境活動コンテスト　 http://www.ecocon.info/ </description>
		<link>http://goodnews-japan.net/news/team-80/2008/12/24/192</link>
			</item>
	<item>
		<title>地球に元気なメッセージ － 名古屋の「エコソング」園児らレコーディング</title>
		<description>

生物多様性と地球温暖化をテーマとしたオリジナルの「エコソング」づくりが名古屋市で進められている。2008年12月19日（金）には、同市東区の市立第一幼稚園の園児らが元気な歌声をレコーディングした。


　元気いっぱいにエコソングを歌う第一幼稚園の園児たち

　市民と行政の連携を深めるために毎年開かれている「なごやかトーク」とCOP10（生物多様性条約第10回締約国会議）パートナーシップ事業の一環。市民から募った2000件以上のフレーズを組み合わせた歌詞に曲をつけ、園児や高校生が順次レコーディング。「なごやECOメイト」というグループとして制作し、2009年１月22日（木）に同市千種区の千種文化小劇場で開かれる「生き物いっぱいの地球(ほし)へのメッセージ」と題したイベントで披露する。


　園児に歌詞の意味などを伝える森本さん

　この日は１週間前から練習を重ねた年長組の園児40人が遊戯室に集合。市環境局環境都市推進課の森本章夫さんの指揮で、「わたしたちのつなぐせかい」「ぴかぴかがいっぱい」「みらいにのこしたい」「えがおのかれないせかい」などの歌詞を、感動的なバラード風のメロディーにのせて歌い上げた。無事レコーディングが終わると、森本さんがすでに作詞作曲したエコソング「みんなでへらそうCO2」「ちゃんと家電リサイクル」を元気いっぱいの振りつきで披露した。

（関口威人） </description>
		<link>http://goodnews-japan.net/news/team-80/2008/12/20/191</link>
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	<item>
		<title>エコ社会のメーンストリートに － 名古屋「広小路」再生で学生ら提案</title>
		<description>　名古屋市のメーンストリート「広小路通」の将来像を提案する「広小路・夢・デザイン展」が同市中区栄の三井住友銀行ＳＭＢＣパーク栄で開かれた。最終日の2008年12月８日（月）には、模型などを出展した市内７大学10研究室の学生らが市民を前にプレゼンテーション。市主導の活性化計画が足踏みするなか、大胆な緑化や歩行者空間化など、環境の時代を見据えた幅広い提案が示された。


　「広小路通」の再生を目指す８つの提案についてプレゼンテーションする学生たち

　広小路通は城下町が築かれた江戸時代から尾張名古屋の目抜き通りと位置づけられ、戦後は幅30メートルの通り沿いに商業ビルやオフィスが立ち並び、通りの散策が「広ぶら」と呼ばれるほどにぎわった。だが自動車交通量の増大で片側二車線化されるとともに南北が分断され、幅５・５メートルほどしかない歩道は違法駐輪などで歩きにくくなり、人通りが激減。地元商店街などが再活性化を求めるなか、名古屋市は昨年、栄－伏見間の約800メートルを片側一車線にして歩道を広げ、幅50センチのせせらぎをつくる「広小路ルネサンス」構想を明らかにしたものの、車線減少の影響を受ける交通業界などが激しく反発。市議会でも事業費16億円で2010年完成という市の目標を「拙速だ」などとする意見が大勢を占め、今年２月議会で諮られた交通社会実験費などの関連予算案が認められず、構想は事実上頓挫した。
　これに対し、市内の建築家らでつくる「名古屋建築会議（ＮＡＣ）」は独自の提案づくりを模索。行政や議会の動きを探りつつ、各大学研究室に呼び掛け、８区画ある通りの１区画ずつを自由にデザインするという形式で展覧会を実現させた。
　学生らは先月下旬の３日間、市内の会議室を借り切って集中的に模型を制作。縮尺100分の１という条件以外は他チームと調整せず、先月28日の展示初日に初めて８つの模型が並ぶというユニークな企画に挑戦した。
　提案は、片側二車線を残した通りの上に“空中回廊”をつくる超現実的なものから、市の構想に近い拡幅した歩道に段差や構造物を張り出させる堅実なものまでさまざま。プレゼンテーションでは、歩行者空間化を提案した学生が「こうした計画ができるまでには車への依存度は減っているはず」「車を通すにしてもエコバスに限定すべき」などと訴え、市職員を含む参加者からは「商業施設の商品の供給はどうするか」「公園的にするだけでは人は集まらない」「地下街との関係を考えたらもっと面白くなる」などと活発な意見が飛び交った。
　プロジェクトを主導した名古屋大学講師の恒川和久さんは「これまでは市民を巻き込んだ議論がなかった。こうして目に見える形で地元の人と一緒に考え、１年、２年と続けることで現実の動きにつなげていきたい」と話した。
　模型は10－11日に同市千種区吹上の市中小企業振興会館、12－27日は同市中区金山町の名古屋都市センターでも展示される。
（関口威人）


　拡幅した歩道に基壇や構造物で変化をつける愛知淑徳大・清水裕二研究室案


　幅２ｍの構造体を帯状に並べ、「狭広路」とする名古屋大・恒川和久・生田京子研究室案


　片側一車線化し、ミラーやボックスなど多様な仕掛けを施す名古屋市立大・伊藤恭行研究室案


　通りの歴史を意識させ、企業の技術交流拠点とする名古屋工業大・伊藤孝紀研究室案


　完全な歩行者空間とし、立体的にも一体化させる椙山女学園大・村上心・橋本雅好研究室案


　空中に歩道を持ち上げ、霧をまいて地上を冷却する大同工業大・山田幸司研究室案


　有機的な起伏をつくり、さまざまな行動を誘発する愛知工業大・中井孝幸研究室案


　ハードはほとんど変えず、「都心の余暇」というソフト面を重視する名古屋工業大・北川啓介研究室案
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		<link>http://goodnews-japan.net/news/team-80/2008/12/09/190</link>
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		<title>原発推進は温暖化対策になるのか？環境NGOに聞く</title>
		<description>原発は地球温暖化防止に貢献するか、否か―今年７月の洞爺湖サミットでの首脳宣言の中で、原発の活用を温室効果ガス削減の「有効な手段」と位置づけられたことが、波紋を呼んでいます。政府や原発推進側、そして一部のメディアも「原発はCO２を排出しない」と、そのメリットを強調するものの、各地の原発が相次ぐトラブルに見舞われていることも事実です。「温暖化対策としての原発推進」をどう見るべきなのか。温暖化防止を訴えてきた環境NGOに聞いてみました。

 
昨年7月、地震に遭った柏崎刈羽原発は現在も停止したまま。 

■原発では間に合わない？

「地球温暖化防止には今後10年程に具体的に温室効果ガスを下げなくてはならない。設置計画から運行まで、インフラの整った先進国でも10年以上はかかる原発では対策として間に合わない」と指摘するのはグリーンピース・ジャパンの鈴木真奈美氏。「IEA（国際エネルギー機関）の研究では、温暖化対策で一定の効果を出すには、世界で少なくとも700基の原発が必要になるとされていますが、コスト的にもスケジュール的にも、全く非現実的です」。
鈴木氏は「そもそも、原発は地球温暖化対策として役に立たない」とも語ります。「IEAによると2030年までに世界の原発を倍増させた場合の温室効果ガスの削減効果はたった４％ほど。それだけの資金があるならば、自然エネルギーに使った方がずっと良いでしょう」。グリーンピースの報告書『エネルギー［r］eボルーション』によれば、自然エネルギーの資源量は、現在の技術で利用可能な分だけでも世界のエネルギー需要の5.9倍。温暖化対策はもちろんのこと、石油や石炭など化石燃料の枯渇に備える上でも、自然エネルギーは重要なようです。

 
岩手県の葛巻町はエネルギー需要の185％を自然エネルギーでまかなう。 

■市場は冷ややか／むしろ省エネを

今年8月末まで環境エネルギー政策研究所に勤め、洞爺湖サミットでもNGO側の意見を首脳達に伝えるため活躍した大林ミカ氏も「日本の原子力産業は“原子力ルネッサンス”だと沸いていますが、市場は冷めた目で見ている」と指摘します。「確かに米国はブッシュ政権が原発の推進を掲げていますが、もう任期切れとなりますしね。イギリスも、英国核燃料公社は、傘下にあったウェスティングハウス※を東芝に売却している。つまり、マーケット的にはイギリスが原発をどんどん進めていく、というシグナルは見えないわけです。東芝は途上国での原発建設をにらんでいるようですが、核拡散という不安がありますし、そもそもインフラも整ってない途上国では現実的ではなく、むしろ分散型の自然エネルギーの方が効率的です」。大林さんは日本の温暖化対策に対し、「まず省エネをきちんとやること」と注文をつけます。「例えば事業所の断熱など、改善の余地はいくらでもあります。よく産業界は『日本のエネルギー効率は世界一で、もう排出削減の余地はない』と主張しますが、実際には日本がトップだったのは1990年代まで。それ以降は、業種によっては他の国々に追い抜かれています」。

※ウェスティングハウスは米国の総合電機メーカー。１９５０年代以降、原子炉製造に力を入れ、独占的なシェアを占めたが、１９８８年に原子力部門が英国核燃料公社に買収され、２００６年に東芝に売却されている。
 

■原発増設より、天然ガス火力発電の有効活用を

「原発の活用は以前からの方針でしたが、成功していません」と指摘するのは、気候ネットワークの畑直之氏。「政府は1998年の地球温暖化対策推進大綱で『原発を20基増設する』と計画、これでCO2排出を削減していこうとしました。しかし、実際には増設は難しかった上、『87～88％』を目指していた原発の稼働率は、60％に留まっている。火力発電の増加もあり、発電部門の排出量は逆に増えてしまったのです」。
畑氏は「むしろ、火力発電を石炭中心から、天然ガス中心に切り替える方が効果が高い」と言います。天然ガスの1.7倍もCO2の排出量が多いのに、この間、日本の火力発電では、石炭が重視されてきました。
「電力会社が石炭を使いたがるのは、安いからでしょう。税率でも石炭は優遇されており、現在、トンあたりの税は700円。これに対して、天然ガスはトンあたり1080円、石油はキロリットル（＝トン）あたり、2040円の税金がかけられています。しかし、温暖化防止のコストを考えれば、石炭により高い税金をかけるべき。石炭の税率を大幅に上げ、天然ガスの税率を下げれば、電力会社も天然ガスの利用を増やすかもしれません。新たに原発を増設しなくても、今ある天然ガス火力発電所を活用すれば、大幅な排出削減が期待できるでしょう」。

　石炭による火力発電は大量のCO2を排出している

 
日本の大規模排出事業所の上位は大量の石炭を使用する発電所・製鉄所がほとんど。表は気候ネットワークの調査より作成、データは２００６年のもの。



■今できることをやろう

産業部門とならび、最大の温室効果ガスの排出源であるエネルギー転換部門、つまり発電のあり方を見直すこと自体は重要でしょう。しかし、本当に原発が温暖化対策になるのか？費用対効果はどうなのか？検証しなければならない点は多いようです。しかし、一方で温暖化対策は待ったなしの急務。省エネ・自然エネルギーの活用、石炭火力発電の見直しなど、今できることからやっていくことが現実的なのかもしれません。

（志葉玲） </description>
		<link>http://goodnews-japan.net/news/team-80/2008/10/17/188</link>
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		<title>日本初、「固体発酵法」を実用化したオンリーワン企業　－　東海リソース株式会社</title>
		<description>東海リソースは2005年に設立された、名古屋に本社を置く小さな会社である。そこが日本初のビジネスモデルを開発、全国から企業や行政、ベンチャー･キャピタルなどが、視察に訪れているという。興味を惹かれて、愛知県海部郡飛島村にある事業所に足を運んだ。


日本初のバイオエタノール固体発酵プラントについて語る大田克己専務

大田克己専務に話を聞いた。同社は、食品製造業者より排出される食品残さから、燃料などに用いるバイオエタノールを製造し、同時に家畜用飼料と農業用肥料も製造するという、一石三鳥？！ものリサイクル・ビジネスモデルを開発した。

国内で初めて実用化に成功した「固体発酵法」とはどのようなものか？バイオエタノールは従来、液体発酵法で作られ、コストのかかる廃液処理が課題だった。対して固体発酵法では、高濃度の蒸留廃液を排出することなくエタノールが製造でき、しかも蒸留残さを殺菌乾燥させれば飼料・肥料になるという、低コストで低環境負荷の多段的高度再生利用が実現した。原料のバイオマスをうまく水分調整し、酵母や酵素剤を入れ、固体糖化・発酵させ、減圧蒸留すれば、エタノールと蒸留残さ（飼料・肥料）になるという流れだ。

 
さまざまな種類の食品から実験的に生成された、香りの異なるエタノール



原料は、製造工程でカットされた廃棄部分のポテトチップスなど。家畜飼料は最終的に消費者の口に入るため、安全・安心にこだわり、生ゴミや遺伝子組み換え品などは使用せず、未利用の食品廃棄物系バイオマスを食品メーカーと連携して安定的に供給してもらっている。日本の家畜用穀物飼料の約９割が輸入品で、原料となるトウモロコシがバイオエタノール生産のため高騰し、畜産農家の経営を圧迫している。高機能飼料が国内で安価に量産されれば、畜産業界にとっては大きな救いとなる。しかも元手となる原料は、元来、廃棄されていたものだ。

同社では発酵、蒸留、乾燥に必要なエネルギーのカーボンオフセットとして、バイオエタノールボイラーを開発し、生成されたエタノールを化石燃料の代わりに使用している。これも日本初。まさに循環型のオリジナルプラントが誕生した。

     
日本初の固体発酵オリジナル・プラント　　　　　　　　　ポテトチップスの食品残さから作られた飼料

固体発酵の技術そのものは、中国の白酒（パイチュー）をヒントに東京農業大学が開発していたが、原料は生ごみだった。そこで、食品残さを利用するよう、大田専務が熱心に働きかけ、産学協働でこの実用化にこぎつけた。同大研究室研究員で醸造学博士の本多宏明さんが、共同研究者として定期的に訪問。研究に没頭し、事務所で寝泊りすることもあるという。本多さんは、来春には正社員として働く予定だ。


醸造学博士の本多宏明さん



東海リソースは、社団法人愛知県養豚協会食品残さ利用部会の有志等が集まり設立された会社で、県の「エコタウンプラン事業」に応募し、日本を先導するリサイクル技術や事業システムを持つ企業として、事業開始2008年度の補助対象事業者に選定された。


食品残さからできた飼料の袋が並ぶ事業所２階。奥に事務所がある

現在のところ、一日に約５トンの食品残さから約２トンの飼料と、約380リットルのエタノールを製造する。本多さんらはさまざまな種類の食品残さで実験をくりかえし、高品質かつ効率化を追求する研究の日々を送る。大田専務は、「この製造方法をベストとは思っていない。一年後にはもっといいものができているはず」と胸を張り、将来展望を、「どこまでも農業にこだわり、机上論でなく実践論で、持続可能な循環型ビジネスモデルを構築していきたい」と語る。 

白衣に身を包んだ本多さんは言う。「寝る間がほんとうに、惜しいんです」。真に持続可能な社会に向かって歩む曇りのない眼差しに、日本の未来における一筋の光と、ベンチャー企業の底力を見た思いがした。



（浜村良子）



















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		<link>http://goodnews-japan.net/news/team-80/2008/10/04/189</link>
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