タテゴトアザラシの母子が一緒に過ごすのは、たった2週間しかありません。短いが凝縮された子育てが流氷の上で行われます。
氷を訪れるたびに氷が割れて海が広く現れていきます。春が近づき、日に日に暖かくなっているのがわかります。
子育てが終わりに近づくころ、お母さんは赤ちゃんを水際に誘います。水に入るお母さんにつられて恐る恐る水に入る子もいれば、なかなか入ろうとしない子もいます。時にはお母さんの泳ぐ姿をのぞこうとして、水際に来て滑り落ちてしまう子もいます。そうして徐々に水に入っていくことを覚えていきます。

たった2週間の母子の期間がもうじき終わる
赤ちゃんが水に入るとお母さんはすぐにやってきて、顔を水面から上げて泳ぎます。赤ちゃんはお母さんの顔を見たくて、水面から顔を出し息継ぎを覚えていきます。また時々深く潜るお母さんの姿を目で追いますが、まだ赤ちゃんは潜ることがうまくできません。脂肪が付きすぎた体は浮いてしまいます。
水にはオスたちの群れがやって来ています。お腹を上に出し、ブルルルと鼻息で音をたててメスたちの気を引こうとしています。赤ちゃんの泣き声とお母さんの声が響いた流氷に新しい音が加わり賑やかになります。
泳ぎの練習があって数日のうちに流氷からだんだんとお母さんの姿が消えていきます。オスたちとともに先に北の海に戻りだすのです。氷の上には赤ちゃんだけが残されます。
赤ちゃんたちは多分お母さんを探して、動くものがあると近づいていっているのでしょう。赤ちゃんばかりが集まっている光景があります。少し前までは赤ちゃんの泣き声で賑やかだった氷が、既に泣いても無駄なことを悟ったのか、随分静かになっています。
残された赤ちゃんを守ってくれるのが流氷です。流氷には天敵のシャチが入って来れません。流氷で休み休み泳ぎを覚えていくことができます。
赤ちゃんたちの白い毛はだんだんと抜けだし、下から黒い短い毛が現れ出します。まだらに毛がぬけた姿は「ラグジャケット(ボロ上着)」と呼ばれています。
この毛の抜け方が近年少し早い感じがしています。それには雨が関係していると思っています。かつてこの辺りで悪天候といえば粉雪の吹雪でした。ところが最近は雨がよく降ります。しかも、みぞれではなく完全な雨だったりします。今年久しぶりに粉雪の吹雪を見た時にとても懐かしく感じたのですが、それも数時間後には音をたてた強い雨に変わっていました。この雨で洗い流されるように毛が抜けるのが進んでいるようです。これも地球温暖化の影響でしょう。
2009年のカナダの流氷は赤ちゃんが独り立ちするまでに溶けてなくなってしまうようなことはなさそうです。お母さんがいなくなってもまだ大きな氷が残っています。
ところが心配なのは日本の流氷です。北海道の方がより南に流氷が到達するため出産時期はカナダの後になるのですが、現在北海道の流氷は非常に少ない状態です。昨年、私は北海道の流氷のアザラシが独り立ちする前に、氷がなくなっていることを取材し、新刊『流氷の伝言-アザラシの赤ちゃんが教える地球温暖化のシグナル』(教育出版)にて報告しましたが、今年はそれよりも3-4週間近く流氷がなくなるのが早いようです。今年の日本の沿岸で産まれるアザラシには被害が出ることが予想されます。しかも、その状況を調査するのに見に行く氷すら日本の沿岸にない状態です。
海氷情報センターが出す海氷速報の図を見つめながら心配する日々が続きそうです。
=おわり
(写真・文/小原玲 ©Rei Ohara 2009 All rights reserved )
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