気候保護のために必要なこと

フライブルグ市では、環境への配慮から公共交通を発達させてきた
新聞で地球温暖化関連の記事が掲載されない日を見かけなくなった今日の社会。しかし、私は日本のマスコミで報道される温暖化関連の記事に違和感を覚えています。それはなぜか?
理由は明快です。それは気候保護をはじめとする環境保護に関わる問題を、マスコミは社会問題として明確に捕らえて報道していないからです。例を挙げましょう。
年金、あるいは健康保険という制度があり、現在では、財源不足などをはじめとする数々の理由からこの二つは社会問題であると認識されていますよね。それでは、この社会問題を解決するためには、どのような解決策が存在するのでしょうか? 解決には、「現状の分析、将来の予測、解決のための可能性の選択肢、専門家の意見、妥協案、国際的な比較などといった資源を元にして国民的な議論を行い、その結果、最終的には間接民主主義という日本の政治制度のもとで、法律を整備する」しかないわけです。
このケースでちょっと想像してみてください。厚生労働省、あるいは政府が国民に対して、年金や健康保険はこころやライフスタイルの問題だから、「高齢者をいたわる気持ちを養いましょう」「健康に心がけましょう」「病人に優しく接しましょう」などと呼びかけ、「オールドビズ」あるいは「シックビズ」「ヘルシービズ」などの新しいライフスタイルを提唱する啓蒙活動を展開、高齢者や病人に道端で出会ったら優しく声をかける社会を目指すことを宣言し、それにマスコミも同調してキャンペーンをはったとしましょう。
どうでしょうか? 皆さんの胸には違和感が芽生えてきませんか? もちろんそうした社会を目指すことは悪いことではないのですが、そうした社会が実現できたとしても、年金や健康保険という社会問題は解決しません。この例で説明すると、多数の方が私と同じ意見になるのではないでしょうか。
しかし、翻って、こと地球温暖化対策、環境保護といった社会問題なると、この常識が今の日本では通用しないのです。気候保護や環境問題を解決できるのは、その解決を目的とした法的な枠組みが形作られることによってのみです。私たちのライフスタイルや行動は、そうした法律の枠組みの中で、分かり易くいえば社会のルールのもとで、もっとも有利なように展開すればそれで良いはずです。年金や健康保険と同じように。
ですから、私は日本の自治体や国、さらに環境省などが地球温暖化対策として行っているほとんどの啓蒙活動は、本来であれば市民団体などがやるべきことだと見なしています。それよりも自治体や国は、もっと具体的な法制度を充実すべきだと考えています。お分かりでしょうか? なぜ私が一般のマスコミや、このGOOD NEWS Japanの記事であっても、違和感を感じる理由が。環境に優しいことを行っている個人や企業は、近所の高齢者に声をかけるような社会にとっては貴重で重要な存在ではあるものの、それでは問題は解決しません。
そんな視点に立って、このコラムでは、フライブルク市、あるいはドイツで行われている地球温暖化対策を紹介してみたいと思います。もちろん法制度の話になりますから、このコラムは退屈になるかもしれません。しかし、ホンワカとした環境にまつわる「ちょっと良い話」を報道したり、皆さんがお読みになったとしても、問題の本質は改善されないことをご理解いただけると非常に嬉しいです。
次回からは、フライブルク市のエネルギー政策の源流となっている「エネルギー供給コンセプト」について、その成立についてお伝えします。
(環境ジャーナリスト・村上敦)
















