丸っこく微妙にひしゃげた形、鼓動が聞こえてきそうな温かな光-。
彫刻家イサム・ノグチがデザインした照明器具「AKARIシリーズ」を初めて見たのは学生時代のことだった。その素材が「美濃和紙」だと知ったのはそれからちょっと後。東海地方を代表する伝統産業だと知ったのはかなり後、というか、実はつい最近のことだ。
今にも動き出しそうな「AKARI」を包む美濃和紙に、生物多様性を考えるヒントがないはずがない。そんな都合の良い確信を抱いて、今回は「和紙の里」、岐阜県美濃市に向かった。

手作りの木づちで和紙の原料を処理する若手紙すき職人の加納武さん
■元職人たちが原料栽培
冬は2、3メートルの雪に囲まれることもある山あいの土地。それでもあえてこの時期に訪れようと思ったのは、美濃和紙の代表的な原料である「コウゾ(楮)」の収穫が地元であると聞いたからだ。雪の影響で何度か日程変更を余儀なくされながら、ようやく好天に恵まれた平日、名古屋市内から車で約2時間、市を東西に流れる板取川近くのコウゾ畑を訪れた。
「今年は台風も来んかったし、害虫も少ない。近ごろにない大豊作だわ」
畑で作業をしていた古田彰さん(80)が年齢を感じさせぬ威勢の良い声で話した。
初めて見るコウゾは高さ2、3メートルほど。10本前後の枝が根元から上にすうっと伸び、ブラシの毛のように畑一面を埋めている。古田さんら高齢者が5人ほど、チェーンソーで次々に枝を刈り取っては、よいこらしょと肩に担いでトラックに積み込んでいた。
クワ科の落葉低木で、全国的に分布するコウゾ。もちろん美濃の山にも自生していたが、和紙づくりには主に高知・土佐産や栃木・那須産をわざわざ取り寄せていた。地元でもきちんと原料をまかなえるようにと「美濃市こうぞ生産組合」がつくられたのは20年ほど前。以来、古田さんら一線を退いた紙すき職人たちが協力してコウゾを栽培し続けている。
枝の直径はせいぜい10センチと決して太くはない。その一本一本の表面を手作業で剥(は)いだ皮が和紙の原料。しっかりと天日で干した皮は真っ白で硬い。それをほぐした繊維は太く長く、よく絡み合うため、美しく丈夫な和紙ができるのだという。
「冬に刈り取るのは皮が一番厚くなるから。雪のときは作業も大変だが、やっぱり地元のもんだし、職人にも評判はいいんだ」
古田さんの誇らしげな笑みがコウゾ畑に咲いた。
■手間ひま掛けて原点追究
こうして手塩にかけて育てられた原料を、昔ながらの手作業で扱う職人はもう数少ない。最盛期には5000戸近くあった岐阜県内の手すき和紙生産者は、いまや20戸ほど。そのほとんどは70歳以上の高齢者だ。それでも伝統の素材や製法にこだわる貴重な若手職人の一人、加納武さん(36)を訪ねた。
「効率的にできるならやりたいんです。でも、いい紙をつくろうとすると結局、昔ながらの手数をかけたつくり方になってしまう」
控えめに、しかし熱く「紙」を語る加納さん。こだわりの道具や素材であふれる工房は、もともとプラスチック工場だった実家だ。はじめは家具職人を目指していたというが、専門学校を卒業後、勤め始めた高山の土産物店で扱われていた美濃和紙に魅力を感じて再び地元へ。伝統工芸士の下で修行を重ね、2003年に独立。「幸草紙(さいぐさがみ)工房」を構えるとともに、若手のグループで新たな商品開発に取り組んだり、コウゾ栽培に乗り出したりするなど、精力的に活動している。
そんな加納さんが紙づくりに使うのはコウゾ、ガンピのほか、ワラやアサも。特にアサは古来から和紙の原料だったが、近年は入手も扱いも難しくなり、すっかり使われなくなった。加納さんが追究するのは、こうした素材の見直しも含めた和紙づくりの原点だ。
伝統的な美濃和紙は、原木の白皮を釜で煮る「煮熟(しゃじゅく)」、やわらかくなった白皮から細かいごみを取り除き、木づちで叩いてほぐす「叩解(こうかい)」、そして原料を簀(す)に入れて両手で揺すりながら薄く伸ばす「紙すき」などの工程を経てつくられる。
この紙すきに使うもう一つの植物が、トロロアオイ。中国原産のアオイ科の一年草で、夏には淡黄色の大きな花を咲かせる。秘密は根。砕いて水に浸すと、ねっとりとした粘液が出る。これを紙すきの過程で原料に混ぜると、紙の厚みが均一になるのだという。
「これなしでは作業ができないくらい、大事なものです」。そう言って加納さんは工房の隅にある桶から、トロロアオイの根をずるりとすくいあげた。
驚くのは、これが時間がたつと跡形もなく消えてしまうという性質だ。
岐阜県産業技術センター紙研究部によると、トロロアオイの粘性は化学的にはアルギン酸ナトリウムやポリ酸化エチレンなどに近く、水中の繊維を均等に分散して浮遊させ、沈殿しにくくする。この効果が最高級の紙を生む「流しすき」の技術を確立させたとまで言われる。ただし、その詳しい性質はよく分かっておらず、完全な代替品は見当たらない。化学薬品ではどうしても最後まで成分が残ってしまう。「雑菌がすぐに繁殖して、特に夏場は腐りやすい」と加納さんがこぼす通り、管理は非常に難しい。冬場でも最低限の量をつくり置き、早めに使い切るのだという。
やはり紙は「生き物」だったのだ。
■「常識」覆す挑戦も
少し視野を広げてみよう。紙のなかでも「再生紙」の偽装問題が発覚したのは2008年のはじめ。大手を含む製紙各社が年賀はがきやコピー用紙に「古紙配合率100%」などと表示していたが、実際は大半で50%以下の配合率だった。10年以上も業界ぐるみで偽装を続けていた理由の一つは、求められる品質と高い古紙配合率の両立が「そもそも技術的に不可能」(大手製紙会社)だったからとされている。
パピルスの時代から、紙は人間が「最も工業化させた農業」の一つと言えよう。自然素材を原料としながら、機械や薬品を大量に用い、安定した品質で大量生産する方法を確立した。しかし、今回の偽装は、そこに過信や落とし穴があったのではないか。結局、紙はプラスチックとは違う。生きた自然の恵みであり、不確かで不安定であり、そしてあまりにも多様だ。それをどこまで柔軟に、謙虚に受け止められるか-。
美濃和紙の伝統から学ぶべきことは、多いだろう。

加納さんが開発中の「洗える紙」。コンニャク糊で張り合わせ、表面に柿渋が塗ってある
伝統製法にこだわりながら、加納さんは現代の生活になじむ新しい紙の可能性も探っている。
例えば「紙のカーテン」。薬品処理した紙は太陽の光で茶色く劣化する。しかし本物の手すき和紙は逆。もともとの生成り色が、陽に当たって白さが増すのだという。
さらには「洗える紙」。美濃和紙をコンニャク糊を使って張り合わせ、柿渋を塗って防水加工すれば、洗濯にも充分耐え得るという。いずれも紙の常識を180度覆す挑戦だ。
「手間やコストの問題はあります。でも、自分のやり方が間違っていなければこれからの時代、広がりがもてる。そう信じています」
愚直に、誠実に、きょうもひたすらに紙をすく職人が、美濃にいる。
(関口威人)


















