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《シリーズ生物多様性・研究前線3》バイオミメティックのショールーム-信州大学繊維学部
(2008年12月28日 10:44)

 前回に引き続き「バイオミメティック」を取り上げたい。生物の形態や機能を模倣して、モノづくりのプロセスを見直す。こんな古くて新しい学問の世界に、学部単位で力を入れている大学がある。
 信州大学繊維学部。
 と聞いてピンと来るかたは相当な専門家に違いない。何せ「繊維」と名のつく学部は今、日本でここだけ。そんなところで「バイオミメティック」なのだ。どんな事情かと長野に赴けば、そこには長くて深い歴史と、生物多様性ともからむ重い課題が見つけられた。

 ■地場産業から教育機関へ
 長野県を北上し、長野市の一歩手前の上田市で下車。新幹線駅を背にちょっとした丘をのぼると、いつの間にか大学の門に突き当たっていた。信州大学の本部は松本市内だが、繊維学部はここ「上田キャンパス」にこぢんまりと構える。初めて訪れたのに懐かしささえ感じさせる落ち着き。その由緒正しき伝統を語るには、「大学」そのものの歴史よりもさかのぼらなければならない。
 文明開化も成熟し、日本が工業立国として身を立てようとした1910(明治43)年。自然豊かなこの地の主産業は蚕糸(さんし)、つまり養蚕と製糸だった。それらを学ぶ高等教育機関として開校したのが「上田蚕糸専門学校」。昭和に入って「上田繊維専門学校」と改称し、1949(昭和24)年の学制改革で信州大が設置されるとともに繊維学部へ移行。そして日本、いや世界有数の「繊維系」研究の拠点として発展してきたのだ。
 言うまでもなく、繊維は「衣料」にとどまらない。あのトヨタ自動車の原点が自動織機、つまり機(はた)織り機の開発であったことはよく知られている。今や繊維は自動車から航空機、建築、電気などの産業を支える基盤技術だ。ただ、それがどう「バイオミメティック」にまでつながるかは、なかなかイメージしがたい。

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 信州大繊維学部のバイオミメティック研究者たち。右から森川裕久教授、倪慶清教授、小林俊一准教授。
手前にあるのは小林教授が研究する「ヘビ型」ロボット

 「もともと繭(まゆ)から糸を取り出す作業は手作業でしたよね。それを近代に機械化するなかで、繊細な手の動きをいかに応用するかといった課題から“生物に学ぶ”ロボット研究などが発展してきたのです」
 同学部で20年以上もバイオミメティック研究を続ける森川裕久教授がこう解説してくれた。
 繊維は柔軟であるがゆえに、要求される機械の運動は複雑になり、他の産業に比べても高度にメカニズム化されてきた。その目標は「限りなくヒトに近い機能」から「ヒトを超える性能」へ。近年は環境やエネルギー、福祉や医療分野の問題とも結びつき、幅広い展開が見られているのだという。
 例えば森川教授が追究するのは「魚の尾びれ」のような船舶の推進機。研究のきっかけはモーターボートが海水浴客をスクリューで死傷させる事故や、浅瀬での泥水の巻き上げによる水質汚染などをいかに防ぐかという、安全や環境面の問題意識だった。森川教授はさらにナメクジやカタツムリの動きを研究し、「床ずれ」を防ぐ福祉機器への応用なども考える。
 「研究しようと思えば、その対象はいくらでもありますよ」。人なつこい笑顔が光った。

■カブトムシもゾウリムシも

 こうして「生物に学ぶ」研究が、繊維学部のなかでも素材開発や機械設計など各分野ごとに芽を伸ばしていった。それはまさに多種多様。さながらバイオミメティックのショールームとでも言えそうなほどだ。
 機能機械学課程長の倪(にい)慶清教授の最新研究は「カブトムシの羽の構造」。ご存じ「虫の王者」カブトムシはその体に頑丈な羽(前羽や上翅と呼ばれる)をそなえながら、実に軽やかに空中へ飛び立つ。だが、その微細な構造はこれまで知られていなかった。

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 カブトムシの前羽の断面。無数の“柱”が立ち並ぶ中空構造になっている

 倪教授らの研究によると、厚さわずか0.2ミリのカブトムシの羽は、無数の柱が薄い天井と床を支えるような中空構造であることがわかった。さらに電子顕微鏡で観察すると、その「柱」や「天井」は繊維質が連続的に連なり、かつ微妙に角度を変えて九層にも重なり合う立体構造だった。
 「これほど複雑な造りだとはねえ」と、いまだに驚きを隠せない倪教授。さっそくこの構造を「模倣」したまったく新しい材料開発に試行錯誤を重ねている。

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 カブトムシの羽の断面の詳細とその模式図。“柱”も含めて9つの層の重なりだという(いずれも倪教授提供

 鮑(ばお)力民准教授のテーマは「竹」。倪教授と同じ中国出身者として、馴染み深い素材を選んだ。「竹は非常に薄いパイプなのに座屈(折れ曲がり)しにくい。秘密は“節”にあると考えたのです」
 FRP(繊維強化プラスチック)で何種類もの「節つき円筒」をつくり、荷重をかける実験を繰り返した。その結果、一定の長さの円筒に節を1つ入れると、全体の体積は6.4%増えるだけなのに、曲げ剛性は約2倍、曲げ座屈荷重は2.5倍近くも増えた。さらに節を2つにすると12.8%の体積増に対し、曲げ座屈荷重は3倍以上も増加、つまり強化された。もちろん節は多ければいいわけではない。鮑准教授はさまざまな実験を繰り返し、強度と軽量化のバランスを追究。その成果は国際学会でも発表され、注目を集めている。
 「ヘビ型」や「ゾウリムシ型」のロボットを開発するのは小林俊一准教授。水中をただ速く進むだけではなく、回転や方向転換など、いかに機動性を発揮できるかを、多様な生物から学んでいる。ゾウリムシの繊毛の動きを人工的なフィンで再現しているが、その構造が長すぎても短すぎても、柔らかすぎても固すぎても機動性が落ちてしまうことがある。「多様性のなかで進化してきた生物は、構造のみならず機能も効率的。その最適解を数学モデルで導き、省エネで環境にやさしいモノづくりに応用しようとしています。ここでは“多様化”が非常に大切なファクターとなってきます」と話す。

 ■「繊維」の看板守る
 こんな多士済々な頭脳が集まる学部だが、悩みは「アピールが上手でないこと」と倪教授。
 中央の有名大学はもちろん、少子化で生き残りに懸命な地方大学間の競争も激しい。
 そのうえで、森川教授はこんな視点を投げ掛ける。
 「バイオミメティックを工学的に応用しようとすると、どう役立つのかという人間の都合が優先されてしまいがち。すると地道にやっている生物学の人たちなどから反感を持たれることもある。私たちとしては逆に機械の分野から生物の分野に成果をフィードバックするような情報交換をしたいのですが、なかなかそういう場はない。だからこそ、もともと学際的なこの学部がさらにアピールしていかなければならないでしょう」
 実は繊維学部や繊維工学科などはかつて、地方を含めた各大学に少なからずあった。しかし近年はいずれも工学部などに吸収される形で看板を下ろしている。そんななかで信大は2008年度の学部再編でも「繊維」の看板を守り、むしろ堂々と掲げて独立独歩を主張する。
 この「多様性」の維持が吉と出るか凶と出るか。それは本来の生物多様性の問題とも無縁ではなかろう。地方からの挑戦を見守りたい。
 (関口威人
 

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