生物多様性COP10 トップ
COP9からCOP10へ(第4回) 青年のみたCOP9(その1)
(2008年7月5日 09:00)

■生物多様性問題とユースカンファレンスの位置づけ

2008年5月19日~30日にドイツのボンで開催された生物多様性条約第9回締約国会議(COP9)において、全世界の政府代表団が注目する中、生物多様性の保全へのユース(青年)の主張を痛快に伝えた!そこにいたる経緯などを紹介していきたい。

hiro080704-05

“Biodiversity on the Edge” 「崖っぷちの生物多様性」という意味だが、これが今回僕の参加したユースカンファレンス(青年会議)の名前だ。

会議といっても、全く堅苦しいものじゃなくて、どちらかと言うと合宿みたいなもの。世界から集まった70人の青年が、生物多様性についてスペシャリストから学び、熱く議論し、強い友情も深めたイベントだ。

そして、何といってもこの合宿の目玉は、その成果をCOP9で発表することだ。

5月末、ドイツのボンには全世界から、世界の生物多様性保全の方針を合意するために、各国の政府代表団や国際NGO、先住民グループが集まっていた。この国際会議は地球上のすべての命のための非常に重要な会議で、最近では2年に一度開催されている。

この会議では私たち人類の生存・生活を根底から支えている「生物多様性」を保全するために、森林伐採や海洋汚染、侵略的外来種、遺伝子組換え生物多、バイオ燃料、遺伝資源へのアクセスと利益配分、資金メカニズムなど、多様なテーマについて議論が繰り広げられる。

しかし、生物多様性の劣化の状況は非常に深刻だ。森林伐採は止まらないし、海の資源は減り続けている。もともとその地域にいなかった生き物が悪さをしていたり、まだ危険性が拭えていないのにもかかわらず遺伝子を改変された動植物が地球上で広がっている。また、先住民が生物多様性保全の取り組みにちゃんと関われずに、人権侵害を受けているという問題もある。

COPは、生物多様性の保全のための国際会議であるが、そこで合意されていることは決して十分とは言えない。経済発展を優先する国が、生物多様性の保全のために真に必要な合意を阻害しているケースも少なくない。

 hiro080704-06
 COP9での議論の様子

このような状況なので、COPには毎回多数の国際NGOや先住民グループも参加し、生物多様性保全のために発言をしたり、各国の政府代表団と交渉したりしている。

ここで、忘れてほしくないのはユース(青年)の存在だ。
僕たちユースも、生物多様性はかけがえのないもので、僕たち人間に生存・生活のために欠かせないにも関わらず、COPでの話し合いは不十分だという認識から、COP9の前に国際合宿を開催し、COP9オープニングで、ユースの主張を全世界の代表団に伝えたのだ。


■参加の経緯と意気込み

2008年5月13日の午後5時半頃、僕は期待と不安が入り混じった心境で、ドイツの空の玄関口・フランクフルト空港に到着した。

ことのはじまりは、ギュンターさんというドイツ人と出会ったこと。彼と出会わなければ、僕が”Biodiversity on the Edge”というユース合宿に参加することはなかっただろう。

2008年2月に、生物多様性条約の準備会合がローマであった。当時僕は、生物多様性というテーマに関心を持ち始め、所属するユースNGO “A SEED JAPAN”で、生物多様性保全のための青年の活動をしたいと思っていた。
COP10が日本で開催される可能性が高いにも関わらず、日本の青年はおろか、日本社会全体の生物多様性についての認識や取り組みが不十分だと思っていたからだ。青年にもできることがあるはずだが、いかんせんCOPがそもそもどんなものかわからなかったので、機会を探していた。そんな折、生物多様性条約に詳しい日本自然保護協会の道家さんにローマでCOP9の準備会合があることを教えてもらって、参加することを決意した。

ローマでは、様々な情報が得られたが、そのうちの一つが今回のユース合宿の存在だ。

ドイツの環境と開発NGOフォーラムの代表のギュンターさんという人に会って、ドイツのユースの活動について聞いていたら、こんなユースの集まりがあるよって教えてくれた。

それ見たら、世界中からユースが集まって、生物多様性について勉強して議論し、おまけに作った文書をCOP9に届けるって書いてあって、これは参加するしかない、と心が躍った。
もともと僕は生物多様性を国際的視点から見ていたし、ユースがどういう風に問題解決に関われるかを考えていたから、世界のユースがどんな活動をしているのかわかる、世界のユースの活動家とネットワークが作れる、しかも問題についての勉強もできる。そんなイベントは僕には輝いて見えた。

イタリアから帰国して、即申し込みをした。人数が制限されているようで、申し込めば参加できるというような甘いイベントではなかったけど、参加動機について、活動手法を学びたい、2010年のCOP10に向けて、日本としてネットワークを作りたいと、必死にアピールして、なんとか選考を通って参加できることになった。

そんな経緯で、僕はフランクフルト空港にいた。確かに、僕がとても参加したいイベントだったのですごく期待に胸を膨らましていたが、同時に不安も大きかった。国際的なユース会議に参加するのは初めてだったから、自分の英語力が通じるかどうか、自分の知識が足りなくて話についていけなかったらどうしようか、いったいどんな人たちが参加してくるんだろうか。

そうこう考えているうちに、入国審査を終え、到着ロビーに着いた。そこにはたくさんの外国人が、飛行機から降りてくる知人を待っていたようだった。ひとりが僕の名前を書いた、スケッチブックを持っている。気づいたらその人に声をかけていた。

COP9のオープニングでメッセージを発表するまでの、長い一週間が、この瞬間はじまった。(つづく)

(A SEED JAPAN 林雄太)

コメント

コメントする

(コメントは承認された方のみ表示されます)

トラックバックURL

トラックバック

MAP