映画『時をかける少女』は、本作品が劇場用長編初監督作品となる谷口正晃監督作品です。名古屋では3月13日(土)よりピカデリー、109シネマズ名古屋ほかで公開するとのことなので、是非劇場に足を運んでください。

(c)映画『時をかける少女』製作委員会2010
本作のヒロインは、原作の主人公・芳山和子の一人娘、芳山あかり。2010年に生きる彼女が、入院中の母に代わって過去にタイム・リープ!その目的はただひとつ。母の初恋の人・深町一夫に出会うため。しかし、1972年に飛ぶはずが、そこは1974年。行くべき年を間違えてしまったあかりは、偶然出会った大学生・涼太と共に深町探しを始める…。自分と同世代の若き母と、幼い頃に別れたきりの父との意外な青春時代。電話もメールもない時代に生きる人々との出会いを通して成長していくあかりの青春が、瑞々しく描かれる。2010年『時かけ』が再び新たな感動を巻き起こす!(パンフレットより抜粋)

(c)映画『時をかける少女』製作委員会2010
「あなたに、会いにいく」
この映画の本質を一言で表現した言葉です。「各作品の『時をかける少女』のヒロイン像は、それぞれ時代を反映していて、熱心なファンがいます。僕としては、2010年ならではのヒロインの魅力、あり方、を描きたいと思いました。ハツラツと自分の足で歩む、意思を持ったヒロインを」(谷口監督)。

谷口監督と仲里依紗さん
今までの「時をかける少女」のヒロインは、どこか受動的だったと思います。しかし、この映画に登場するヒロイン・あかりは、元気印の女の子。自ら目的を持ってタイム・リープに挑みます。この”ヒロインの能動性”こそが、本作品の特徴と言えるでしょう。
もう1点、特徴をあげるとすれば、舞台となる場所の設定でしょうか。大林宣彦監督による前作では、尾道の風情ある景色が前面に登場し、それが一種独特の、幻想的で御伽噺のような雰囲気をかもし出していました(個人的には今でもあの作品は、夢の世界を描いていると思ってます)。
これに対し、谷口監督は「あくまでも、身近、等身大の世界を描きたいと思いました。そこで、あえて東京の平凡な背景を選びました」。”2010年から1970年代の東京へ”という舞台設定そのものが、尾道と同じか、それ以上の叙情性を生み出すことに成功しています。
1974年の東京
あかりがタイム・リープするのは、1974年の東京。そこには、当然携帯やパソコンがなく、まだまだ生活は不便。しかし、それだけに人と人との距離が近い。不自由であるからこそ、人がダイレクトにつながっていた、そんな時代に、2010年の現代っ子たる・あかりが触れる。製作陣が意図したのは、便利だが閉塞感漂う現代のヒロインが、そんな世界の中で、戸惑いながらも様々な出会いを体験し成長すること。
現代っ子にとって、70年代という時代は、どう映るんでしょうか。

主役を演じる、仲里依紗(なか・りいさ)さんは言います。「70年代って、髪型も服装もオシャレだと思います。当時はやっていたものが今またはやっている。流行は回っているんだなぁて思います」「お好み焼き屋さんにあるポスターみたいに、レトロな感じも好きです。ホッとするんです。それと私、銭湯が大好きなんですね。今、都会の中にも、そういう場所が残っていることがうれしい」仲さんは、役に徹するため、あえて70年代のことを勉強せずに撮影に望んだのだそうです。だからこそ、現代の女の子が70年代にタイム・リープした際のリアルな表現が映画に反映できているのだと思います。

(c)映画『時をかける少女』製作委員会2010
相手役の涼太役・中尾明慶さんも、いい味出してます。仲さんいわく「さんまさんみたい、って思いました(笑)」とのことですが、確かにあの当時、あんなお兄さんがまわりにいたなぁ、と。非常にマッチしていると思います。「70年代の男性って、『ザ・日本の男』って感じ。シャイなところも男らしいと思います。私は昔の男性の方が好き。今、草食系男子とか言ってますけど、絶対『猫かぶり草食』だと思う(笑)。昔は、女性に対しても素直だなぁって」。
自分がタイム・リープできるとしたら、どの時代に行きたい?という質問に対して、仲さんは、「中学生くらいに戻ったら、バスケや田んぼサッカー、山で走ったり、野生的なことをしたい。でも、未来にも行けるなら、自分の30歳、40歳になった時、どうしているのか知りたい!もし芸能界にいなければ、今からお金貯めます(笑)」と答えてくれました。あかりも、そんな女の子なんじゃないかと思います。
「記憶は消えても、この想いは消えない」
前作と本作品をつなぐキーワードがこの言葉に表されています。前作、主人公である和子の記憶を消した深町。そして本作品では...。記憶は消されても、人の想いは、それ以上のもの。目に見えるわけでもなく不確かなものかもしれないが、決して誰にも邪魔することのできないもの。本作品のラストで主人公が受け取る”プレゼント”の中身が、それを伝えてくれます。あかりは、そして和子は、きちんと受け取ることができたのでしょうか。
この作品は、脚本もさることながら、キャスティングが特に素晴らしい、と思います。考えてみれば、観客はその大半の時間、俳優陣の顔や体を見ていることになる訳ですから、キャスティングに違和感感じてしまったら、例え脚本やカメラワーク等、それ以外の要素が極上だったとしても、「ダメ作品」の烙印を押されてしまいます。
ここまでキャストが世界観に合致するケースは稀だと思います。とても心地よく観ることができました。特に、仲さんのかわいらしい声はよいです(当然、声も重要です)。前作見ている世代からすると、本当に理想の娘、妹という感じがするのでは?
中尾さんも、うまく70年代の青年を演じている。リアリティがあります。谷口監督曰く「70年代の20歳は、今よりも精神的に大人だったと思う。誠実で、ナイーブ。中尾君はその雰囲気を持っていた」これも、前作見ている世代からすると理想の相手役なのでは。
だからこそ気になるのです。この2人の結末が...!
「やっぱり、原作が良いと強いよね」
映画を観終わった後、ついつい、そんな知ったかぶりのことを言ってしまいそうになりました。タイム・リープものって、”出会うはずのない2人””変更できない過去・未来””必然としての別れ”という、観客の心を挽きつける要素があります。
時をかける少女は、筒井康隆氏の原作は言うまでもなく、大林宣彦氏の実写映画、さらには、細田守氏によるアニメ映画まで、全てが高い評価を得ています。”良い作品になって当たり前”。このプレッシャーたるや、さぞかし凄いものだったのではないかと。しかし谷口監督は、「前の作品をリスペクトしながらも、大胆に。プレッシャーを感じつつ、それを取っ払って」作品に挑んだとのことです。時をかける少女という作品群が、各年代毎に明確なファン層を持っていることに対しては、リスペクトしつつ、2010年ならではの新しいヒロイン像を提示し、若い世代にも共感してもらいたい。「現代の閉塞的な日本社会を打破しえるヒロイン像を、人々は望んでいるのだと思います」。
個人的には、「適度に前作の良いところをオマージュ的に活かしつつ、全く新しい世界観を構築している」と思いました。”お涙頂戴”シナリオでない、押さえたトーンの演出も素晴らしい。原作が、ではなく、新しい「時をかける少女」が面白い。改めて、そう思いました。
本映画を観た大林監督は、谷口監督を褒められていたそうです。「この距離感が、まさに『時かけ』だね!」と言われたとのこと。何の距離感かは、是非映画を見ていただけければ、と。前作見た人ならばわかるはず!

さて、皆さん。くどいようですが、是非一度、この映画を劇場で観てみてください。これはオススメです。
※映画の内容やあらすじ、監督・キャスト、上映館等の情報については、公式サイト等でご確認ください。
(高須健一)
時をかける少女: http://tokikake.jp/




















