2010年1月16日(土)と17日(日)の2日間、名古屋大学で「花祭りの過去・現在・未来」シンポジウムが開催されました。

パネルディスカッションの様子

花祭りの中心的存在「榊鬼」
愛知県奥三河(東栄町・設楽町・豊根村)の伝統芸能「花祭り」は、現在、重要無形民俗文化財に登録。平成23年度に、世界遺産登録を目指して運動しています。
過疎化、限界集落化等で祭りの存続が危ぶまれている中、地域、行政と研究者が力を合わせて問題に取り組んでいこうという主旨で今年シンポジウムをスタートしたとのことです。
主催の名古屋大学大学院文学研究科(阿部泰郎教授、佐々木重洋准教授)では、何年も前から東栄町小林地区に入り、地域の方と交流しながらフィールドワークを行っています。
単に研究・調査を行うだけでなく、同地区の花祭りの運営サポートにも関わり、今では同地区の花祭りには欠かせない存在になっているとのこと。研究対象としての視点だけではなく、「協働して問題に取り組む」姿勢でのフィールドワークは、近年増えているようです。
花祭りは700年前から続いていると言われていますが、昔は20年に1回の式年祭(決められた期間ごとに行なわれる祭祀のこと)として「大神楽」が盛大に執り行われていたとのこと。3日間続けての祭典だったそうです。
その頃この地に住み着いた修験者が作ったらしく、修験道と陰陽道が入り混じった、独特な式になっています。それが、近代後期に現在の「花祭り」というものに変化したらしいですが、その理由や経緯などはよくわかっていないようです。「霜月神楽」自体は日本全国にありますが、”主催者だけでなく、村民も参加する形態のものは珍しい”のだそうです。
シンポジウムでは丸2日間、各研究者からアカデミックなお話しをおうかがいし、その後、会場全体で、パネルディスカッションを実施。地元の方も多数参加している会場から、様々な意見や質問が出て、非常に面白かったです。
その合間には、東栄町小林地区の花祭りと、豊根村山内地区の花祭りの実演がありました。

榊鬼(山内花祭り伝承保存会)

四つ舞ゆわぎ・やちごま(小林花祭り保存会)
複数の踊りを2時間程度かけて踊っていただいたのですが。実際にはこれを丸1日やるというのですから、凄いです。
当日実演していただいた山内地区の花祭りは、残念ながら一昨年で終了したとのこと。保存会では、何とか記録として残そうと活動中。「若い世代が、もう一度再興したい!と考えた時に、使えるように準備しておきたい」とのこと。花祭りは口伝が多く、記録として残っていないので、今記録しなければ、本当に消えてしまいます。
このような状況に陥っているのは、山内地区だけではありません。1つ、また1つ、地区から花祭りが消えていっています。とりあえず継続している地区も、ぎりぎりのところで「何とか継続しなければ」という思いでつながっている、という状況のようです。
元富山村教育長の山崎一司さん曰く、「花祭りが消滅していった経緯は、第一段階ではダム建設の影響。ダムの底に沈んだ地区から花祭りが消えた。第二段階では、地域の過疎化。人が都会へ流出していった時期(昭和30年代)。この時には、帰省にあわせて花祭りを実施するように、開催時期を正月に変更して盛り返した。第三段階である今は、地区の限界集落化。地区の人口が激減し、都会に出た家族が戻れる場所がなくなっている」とのこと。
では、この状況をどのように出来るのか?会場からは、「地区だけに限定・固執せず、外部との交流、情報発信により継続を」「地域に就業できる環境を用意し、次世代を担う家族を増やす」
等の意見が出ました。
東栄町を拠点に活動するプロ和太鼓集団「志多ら」メンバーの方は、「自分達メンバーは全員、外部から来た人間だが、東栄町に住み着き、家庭を築き、子どもをもうけていて、今では住民として認められるまでになった。”志多ら舞”というオリジナルの舞いを公演の際必ず演じている。観た方がこれをキッカケとして、本物の踊りに興味を持ち、花祭りに参加するようになってくれればと思っています」ということを話していました。
また、東栄町の方(シルバー世代)曰く「我々の世代は、他地域の花祭りは、踊りが違っているので踊れなかった。しかし、現在の子供達は学校の統合により、他地区の子供達で交流していることもあり、複数の地区の踊りをやすやすと覚えている。東栄町全体で盛り上げていくことは可能」とのこと。
「地域にとって、『外部の人』とは誰を指すのか?」という重大なテーマも出ました。関連して、メディアの取材の仕方や大学の関わりなども論じられました。どなたかが言われたのですが、「『外部の人』というのは、”共感できない人””マナーを守れない人”を指すのではないか。それ以外は、地域、観客、メディア含めて『祭りの共演者』と言ってよい」。これは素敵な言葉ではないかと。
今回のシンポジウムは、地域の方、行政の方、研究家の方が多数参加しており、かなり充実した内容でした。「今後、現地でも開催していきたい」とのこと。大学のフィールドワークは、大概数年で終了してしまうことが多いのですが、本プロジェクトに限っては、佐々木准教授が「僕の目の黒いうちは続ける。そのくらいの覚悟はしてます!」と力強い宣言。地元にとっても力強いことですね。
引き続き、注目して行きたいと思います。
(高須健一)




















