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「あゆち」思想の源流を探る⑦ 「武」の系譜 - 日本武尊
(2009年5月22日 19:49)

なぜ美濃・尾張・三河に天下人が現れたのか、なぜこの地方一帯に武将がたくさん輩出されたのか、かくしてまた武人とはどういう存在なのか、様々な疑問が露呈してくる。そしてこの地「あゆち」において「武(ぶ)」とはいかなるものなのか考察してみたい。 

武といえば、日本武尊を思い出す。どのような読み方をすればいいのか、はたまた一体、彼は何者なのか、その名を現在では知らない人も多くなってきたが、「やまとたけるのみこと」とパソコンのキーをたたくと「日本武尊」と変換される。こんな名前をよく付けたものだと感心するが、じっと見ていると文字通り「日本の武を尊ぶ」と読める。三種の神器の一つといわれる「草薙の剣」(くさなぎのつるぎ)を持ち、日本を統一して平和に導いた英雄の一人である。この地には家康、秀吉、信長、頼朝以前に、もう一人、古代の英雄が関わっていたのだ。現在では伝承の人物とされているが、彼の転戦した場所には彼にまつわる多くの地名が数多く残っている。最期の地となった「三重」という地名は、傷を負った彼が足を引きながら歩いた地、脚が三重に折れ曲がってしまったということに由来すると言われる。そして彼の持っていた「草薙の剣」は熱田神宮の神宝として現在、この地、尾張に祭られている。「草薙の剣」が一体、何を象徴しているのか、そして武というものが一体、どういうものなのか―――まずは武について考察してみよう。 

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               あゆち潟—宮の渡し公園対岸からの景観 ©KAIDO

武とは、戈(ほこ)を止めると書く。敵の攻撃から自らを守ることである。けして勝つことではないし、攻めることでもない。もう少し言い方を変えれば、外から内を守ることだ。外とは自分の内側にある属性とは異なるものを指す。かつての日本人は自らの内側にある属性とは異なるものを「穢れ」(けがれ)と呼んでいた。内側にある属性とは、美とか、友情とか、勇気とかいった抽象的な言葉すなわち理念であり、宗教的にいえば神性といったものであり、はたまた霊性を高めていくような性質のものである。これが内なるものの本質である。

 では、外なるものとは具体的に何だろう。あげてみよう。自らの内なるものに馴染まない性質のものである。目に映るモノや現象をはじめ、この世を縁とした名声や評価であり、この身を縁とした欲望やプライドといったようなものであり、物質的な価値観…つまりこの現実世界に根ざしたところのモノの考え、こうしたものを自分の考えだとすると苦しみが生じる。心の平和を乱されることになる。つまり葛藤が生まれる。ストレスになる。理想と現実のギャップが悩みの発生原因となり、心は平静を失うことになる。だからして外なるものの内への侵入を防ぐことが大事になってくる。自分になじまないものをけして自分とは思わないこと。これが武の本質である。したがって武とは我でないものを見抜き、それを自分の心のうちに入れないことである。  (石浦薫)

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