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《シリーズ生物多様性・研究前線4》「死海の藍藻」は世界の食を救うか-名城大学総合学術研究科教授・高倍昭洋さん
(2009年3月18日 01:11)

 「生物多様性って、まず言葉がワカラン」とよく聞かされる。地球温暖化に比べて肌で実感しにくいからだろう。で、今回のテーマは「遺伝子」。生物多様性に遺伝子じゃさらにワカラン? そうかもしれない。かもしれないけれど、2010年の生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)でも主要議題の一つとなる、避けて通れないテーマだ。できるだけ身近な問題として理解するために、名城大学総合学術研究科教授の高倍(たかべ)昭洋さん(63)を訪ねた。

 ■塩害に強い植物追究
 名古屋市東部の山の手に位置する名城大。普段は比較的静かなこのキャンパスは、毎年秋になるとマスコミ各社の「張り込み」が恒例行事となる。カーボンナノチューブを発見した飯島澄男さん、青色発光ダイオードを実用化した赤崎勇さんという2人の教授がノーベル賞候補として名前を挙げられ続けているからだ。2008年の「ノーベル賞ラッシュ」にわいたのは名古屋大だが、あの狂想曲が3キロと離れていないこの大学で繰り返されるなんてことも、まったくの夢物語ではない。

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 遺伝子組み換え作物を研究する高倍さん。手にしたフラスコに「死海の藍藻」が

 そんなキャンパスの一画で、高倍さんは30年来、地道な研究を続けている。遺伝子工学による植物の品種改良がテーマだ。
 「最近も食糧危機が世界的に叫ばれたように、食糧の増産は人類全体の課題。戦前までは農耕地の拡大で対応できましたが、土地には限界があります。戦後、少ない肥料でもよく育つ生産性の高いイネなどが開発されて『緑の革命』とも呼ばれました。これをさらに過酷な土地でも生育する品種に改良し、食糧はもちろん環境やエネルギー問題の解決に役立てよう、というのが私たちの研究の目的です」
 身なりや手にした資料の作り方から、いかにも几帳面そうな高倍さんは、自らの研究テーマを大きな歴史的背景から丁寧に説き起こしてくれた。
 兵庫・淡路島生まれで実家は農家。物心ついたときから田畑に囲まれ、海も近く、小舟に乗ってちょっとした漁にも出ていたのだという。
 研究者を目指して大阪大、名古屋大大学院へ。理学系でも自然や生物に関心を持ち続け、植物のメカニズムを分子や原子レベルで研究。名城大に移ってからは当時まだよく知られていなかった植物の遺伝子組み換え技術に目を付けた。
 そこで選んだフィールドが、何と「死海」。大人がぷかりと浮いて新聞を読んでいるようなイメージで知られる、あの中東の湖だ。
 その名の通り、ほとんどの生物は生きていられない。塩分濃度は海水の10倍近く。普通の植物なら、まさに“塩漬け”状態でしなびてしまう。それでもどっこい生きているのが、バクテリアの一種である藍藻(らんそう)類なのだという。
 過酷な環境で彼らはいかに生き抜くのか。高倍さんは遺伝子レベルで研究を重ね、ついに細胞の脱水や塩分の侵入を防ぐアミノ酸類似物質「ベタイン」をつくる遺伝子を突き止めた。それを遺伝子組み換え技術で淡水性の藍藻に組み込んだところ、海水でも生き延びることを確認。さらにナズナなどの植物に組み込むと、乾燥や高温、酸化などにも強くなることがわかった。4年ほど前のことだ。
 現在、妻で名古屋大大学院生命農学研究科教授の鉄子さんと島津製作所との共同研究で、この遺伝子のゲノム解析をほぼ終えている。また別の共同研究では、イネの遺伝子に組み入れれば種子の生産量、デンプンの含有量、糖の含有量がともに約1.5倍に増加する効果を確認した。サトウキビなどにも応用すれば、バイオエタノールの原料としてさらに有用になるという画期的な研究成果だ。

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 「死海の藍藻」の遺伝子を組み込んだイネ(右)。野生種(左)と比べて大きく成長している

 「本当に面白い遺伝子なんですよ」
 研究室の保管庫にある緑色のフラスコを愛おしそうにながめて、高倍さんは言った。20年ほど前にイギリス人研究者から入手して以来、2カ月に1回の培養を延々と繰り返している死海の藍藻。その育て方は非常に難しいらしく、世界中の研究者が高倍さんのサンプルを必要としてくるのだという。

 ■新たな「南北問題」
 このこと自体が「遺伝子の多様性」を物語っている。生物は同じ種であっても、遺伝的に多様であることで環境の変化に対応し、絶滅を免れる。それはさまざまな「人種」が存在する人類もまた例外ではないといえるだろう。
 ただ、その多様性を人工的につくり出してもいいのだろうか。言うまでもなく、遺伝子組み換え技術に対しては、世界中で賛否両論が渦巻いている。
 人体や環境に及ぼす影響が懸念され、反対運動は根強い。一方で技術としてはすでに確立され、大豆やトウモロコシ、ナタネなど、今や遺伝子組み換え抜きではその流通が考えられない作物も少なくない。組み換え作物に寛容なアメリカはもちろん、国内農業保護のため導入を拒否してきたヨーロッパでも、作付面積は年々増加している。
 この現実にどう向き合うべきだろうか。
 実は遺伝子組み換え作物の輸出入は、生物多様性条約の枠組みのなかで議論された「カルタヘナ議定書」という国際的なルールによって規制されている。遺伝子組み換え作物が生物多様性に影響を及ぼす可能性があることを前提として、輸出国側が安全性などの情報を開示し、輸入国側の合意を得ることなどを定めているのだ。
 しかし、この議定書には世界一の輸出国であるアメリカが参加していない。背景にはブラジルやアフリカ諸国などの反発がある。豊富な「遺伝資源」そのものは自然に恵まれた途上国側にあるのに、遺伝子組み換えなどのバイオテクノロジーによる経済的な利益は先進国側が享受してしまうという不平等感。
 新たな「南北問題」ともいえるこの対立の解消を、議定書では「責任と救済」という考え方で損害賠償制度にまで具体化する方針が示されている。だが各国の主張はすれ違ったまま、この制度を盛り込んだ条項はいまだ合意に至っていない。
 論争の決着は「ナゴヤ」に持ち越される。
 「生物多様性というと森や動物を守るということに関心が向きがちですが、COP10ではこうした最新の遺伝子研究のあり方も議論になります。日本は遺伝子組み換え技術に対して非常に慎重ですが、世界の現実を知るという意味で、会議が開かれること自体が重要だと思っています」
 高倍さんの藍藻が世界を救う“奇跡の藍藻”となり得るか、それとも国際政治の荒波にのみこまれてしまうのか。
 COP10の議論の行方を、高倍さんは地元で固唾をのんで見守ることになる。

 (関口威人

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