古くから日本人の住まいには手入れの行き届いた庭があり、お寺にいけば素晴らしい庭園がある。小さな苔庭から背景の山々を含めた借景庭園にいたるまで様々だ。日本人はなぜ、それほどまでに庭を身近に引き寄せたのだろうか。驚いたことに、あの世を意識したものだというのだ。「蘇我馬子(そがのうまこ・538?~626)の時代から日本の庭は、死後の世界の象徴だった」と、精神病理学者の野田正彰(のだまさあき)さんは『庭園との対話』で語っていた。
日本庭園のルーツは、中国の神仙思想に由来するという。中国人は、海のかなたに「蓬莱(ほうらい)島」という「不老長寿の天国」があると信じていた。この思想にならって、日本では池の中に蓬莱(ほうらい)に似せた島を置いた庭がつくられた。
それに加えて、仏教の浄土思想が加わって、庭をあの世に見立てた。いわば来世の理想郷であろう。常に来世のことを現世にいながら実感できるようにと考えた。悩み尽きることのないこの世にあって、古代人は庭を観ることで救いを得ていたにちがいない。庭はささやかな地上の天国として日々、眺める対象だったとのこと。
さらに江戸時代後半から明治時代にかけて流行した箱庭。狭い箱の中に、小さな木や人形、橋や船などの景観を構成する様々な要素のミニチュアを配して、庭園や名勝地に模した。これがやがて盆栽に変化していった。日本には、古くからお盆の上に石を置き、風景を作る盆石(ぼんせき)や、盆山・盆景などがあり、箱庭で遊ぶ文化があった。湯川秀樹さんも、幼い頃、盆石遊びをしながら「自分の世界を作っていた」という。
そうした思想は、家の中にも反映している。仏壇への供花の習慣が、やがて枝、葉をそえて花を生けるという行為に発展し、華道として確立していった。浄土にはせる思いが独自の美となり、西洋に見る人間中心的な芸術と全く異なる美意識を形成していった。
盆栽や一輪差しに美を感じる、その感性は、蓬莱(ほうらい)と呼ばれるあの世の天国につながっていたとは実に驚きだ。死を身近に感じることは、はかないこの世にあって、逆に、短い命ある時を輝かすための古代人の智恵ではなかったのだろうか。かつての生活の中にはあの世を思う工夫が随所にあったのだと思った。
永遠の今を生きる、「あゆち」の風土。そこから生まれた蓬莱思想。海から吹き渡ってくる風は、あの世からの風と重なり合って不老長生の理想郷伝説となった。
現実の「あゆち」の地は、ものづくりのメッカとなって多くの産業をはぐくみ、私たちの暮らしを豊かにしたが、歴史の変革期にはいつも「あゆち」の地から新しい風が吹き起こってきたことを忘れてはならない。
そして今、「あゆち」の地に、山、森、川、海につながるいのちのフィールドとして「伊勢・三河湾流域圏」を見直す動きが始まった。この新しい風は古代よりこの地に吹き渡ってきた風を思い起こす機会となるだろう。(完)
(NPO日本文化を守る会・武家の里 石浦薫)




















