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《和ロハスの生産者を訪ねて(4)》“もったいない”から生まれた食文化-「ミツカンのお酢」の話
(2008年10月21日 14:20)

“MOTTAINAI(もったいない)”。

それは、日々の暮らしの中で「ものを大事にする、長く大切に使う」ことを習慣づけてきた、日本人の心から生まれた言葉です。

近年では、環境分野ではじめてノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさんが環境保護のキーワード「MOTTAINAI」として提唱し、「Reduce=ゴミ削減」「Reuse=再利用」「Recycle=再資源化」といった環境活動の3Rを実行する上でも、欠かせない言葉となっています。

私たち日本人に備わっている“もったいない”の精神は、古くから日本の文化や産業の発展にも貢献してきました。その例として、愛知県半田市には「ミツカンのお酢」があります。

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ミツカンは1804年、初代中野又左衛門によって創業され、長年に渡り日本の食卓を支えてきた老舗のお酢メーカーです。お酢は、米や小麦、とうもろこしなどの穀物やブドウ、リンゴなどの果物からできるお酒を発酵させてつくるもので、日本へは5世紀頃、中国から酒づくりの技術とともに伝わり、米を原料にしてつくるのが一般的でした。しかしミツカンが最初につくったのは、酒粕を原料にした「粕酢」。もともと酒造業を営んでいた初代中野又左衛門が、酒をつくったあとに排出される大量の酒粕を何かに活かせないかと考えたことから、この酒粕を使ったお酢づくりがはじまったのだそうです。

まさに「酒粕のリサイクル」によって生まれた「粕酢」。しかも、すっぱいだけではなく味に旨みがある「粕酢」は、その頃江戸で流行していた「握り寿司」の寿司飯との相性がよく、寿司文化の発展とともに全国へ広がっていったということです。この「粕酢」が誕生したミツカン本社の敷地内には、運河を囲んで黒塗りの壁の工場が並び、創業当時のたたずまいが残っています。この昔ながらの風景を守るため、電線など視界を遮るものは地中に埋めてあるのだそうです。とても眺めがよく、また海が近いこともあり、風が抜けて涼しく感じます。ほんのりと甘くてすっぱいお酢の香りも漂います。

さらにここには、ミツカンの昔と今のお酢づくりについて知ることができる博物館があります。酒粕酢「山吹」の昔ながらの醸造工程を再現した模型や、お酢づくりに使ったさまざまな道具が展示されているほか、実際にお酢をつくっている発酵室を見学することができます。

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発酵室とは、お酢づくりにとって重要な工程である「酢酸発酵」が行われる場所です。酢酸発酵は、まずお酒に種酢を加えて仕込み液をつくり、その仕込み液の表面に「アジロ(味露)」と呼ばれる酢酸菌を植えつけます。すると酢酸菌の働きによって発酵がはじまり、お酢ができあがります。ここで重要なのは、発酵に最適な温度を保つことです。ミツカンの半田工場では、職人が菌膜の様子をチェックしながら、暑い日は発酵室の窓を開けて風通しをよくするなど、手作業で細かい温度調節を行っています。この職人の手助けがなければ、酢酸菌は元気に働くことができません。

「昔も今も、このように人の手が加わることによって、よいお酢をつくることができるのです」。こう話すのは、株式会社ミツカングループ本社・コーポレートコミニュケーション部の猪飼千雅さん。「ミツカンでは、職人の手から手へお酢作りの技術が受け継がれています。このように職人の文化を守ることは、日本の伝統文化を守ることに他ならないからです」。

日本は発酵することにより旨みを増す調味料が多く、それが日本の食文化を作ってきました。日本の食文化を未来に残すためにも、職人から職人へ、伝統や文化を伝えていくことを大事にしていかなくてはならないのではないでしょうか。

「もったいない」から生まれて、江戸時代の寿司文化の発展にも一役買ったお酢づくり。当時の人々が育んだ「食」の伝統や文化を、私たち現代人も大切に受け継いでいきたいものです。

(和西小牧)

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