日本に古くから伝えられることわざや慣用句には、治療家から見ても「言い得て妙だ」と思わず唸ってしまうような金言がたくさんある。今回は、そんな言葉を少しだけ紹介したいと思う。
東洋医学に欠かせない概念として、「気」というものがある。そもそも私のおこなう治療とは「気」を整えることなのだが、その考え方をすんなり受け入れられる人は少なく、大半は魔術的な見えない力を連想されてしまう。ところが東洋医学で言う「気」とはある程度、具体的な現象を示す名詞なのだ。

古代中国の人は、現代科学とはまったく異なる観点を持っていた。生者と死者の境界をシステマチックに解析することより、実際に起こっている現象や結果を認識することを重要視していたのだろう。人が死んでしまうと冷たくなったり、身体が朽ちたりしてしまうのはなぜか? 生きている人と何が違うのか? そこで生み出されたのが「気」という言葉だった。それは、生と死の境で「目には見えないが実際に起こっている現象」に名づけられた名前である。
つまり「気」とは生きている人間が持ち、死ぬと失われるものなのだ。それは体温を一定に保ち、ウィルスやカビから身体を守り、全身に血を巡らせる作用を持つ。「生命力」という言葉とニア・イコールと考えて差し支えない。そこまで思考がたどり着くと、「病は気から」という言葉は精神論でなく、「生命力があれば病気を防げる」という、ごく当たり前のことを表現しているだけだと気づく。もちろん、気力がみなぎっていることと生命力に溢れていることは意味合いが近いので、一般的な解釈も間違いではないけれど。
また、気に入っている言葉では「腹八分に医者要らず」という言い回しがある。

人間をはじめ、ほとんどの生物は飢餓に対する耐性を生命維持の機能として持っている。たとえば脂肪は、いざ食糧が不足した場合の備えとして実際に役立つ。しかし反対に、飽食に対する耐性を持つ生物はほとんどいない。物が豊かな時代になり、おなかが空けば食べ物はいくらでも口にできるようになった。結果として、皮肉なことに生活習慣病の罹患率は増え続け、それに伴う死も増えている。
「癌」という文字を分解すると見えてくるのは、「病」に「口」が3つ、そして「山」だ。これは山のような食糧をがつがつと口にし、病気になることを表している。本来、食事は少し足りないくらいがちょうどいい。「あと一口」を我慢すれば次の食事どきにはぴったり空腹になってごはんがおいしくいただけるし、何より健康のためになる。

そして、鍼灸や食事療法のベースにもなっている「食は血となり肉となる」という言葉がある。これは、消化した食べ物は腸で血液へと変わり、血液はやがて細胞へと変化するということ。科学の常識ではあり得ない理論なのだが、それを基にして現代医学では不可能とされていた難病の治癒に成功したケースが多々あるからおもしろい。
昔の日本人は、目に見えないことでも現象は現象として畏れうやまい、生活に取り込める柔軟さがあった。だから「気」という非科学的な概念さえすんなり受け入れ、何世紀も実用できているのではないだろうか? 私はそんなところに、日本人の愛嬌と度量の深さを感じてしまうのだ。
■筆者プロフィール
辻野将之(つじのまさゆき)
株式会社SoRA代表取締役、食事療法士
所有資格:はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師、柔道整復師、調味料ジュニアマイスター

東洋医学と食事療法の知識と実践を学び、日本の食事情を実見するため全国の食の生産者を訪ね歩いた経験を持つ。2006年には株式会社SoRAを創立。代表として、人と自然を健全に保つ日本文化の再建を志している。現在は「そら鍼灸食養治療院」のほか、宿泊型の生活習慣改善プログラム「森林養生」で治療活動に従事。限りなく海水に近い塩「うみたま」の販売、東洋医学を分かりやすく紹介するメールマガジン『70%健康マガジン』の配信もおこなっている。
※リンク
株式会社SoRA http://www.soragroup.jp/
そら鍼灸食養治療院 http://soragroup.jp/shinryo/index.html
森林養生 http://www.hoshinoya.com/plan/forest/index.html
70%健康マガジン http://magazine.soragroup.jp/






















