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COP9からCOP10へ(第2回) ビジネスと生物多様性―その経緯と今後の展望
(2008年6月30日 09:00)

ボンで開催された生物多様性条約第9回締約国会議(COP9)において、ドイツ政府のイニシアチブである「企業の生物多様性リーダーシップ宣言」に日本企業8社を含む34の企業が署名を行った。これは、企業活動が遺伝子、種、生態系のさまざまなレベルにおいて生物多様性と深く関係しており、他の環境問題と同様に、生物多様性への適切な対処が企業の繁栄や存続に影響を及ぼすということが(それは程度の差こそあれ)、多くの企業経営者に理解されるようになった証左であると言えよう。しかし、時代の流れとはいえ、こうした時代が来たことに感慨深い思いを抱いたのは筆者だけではあるまい。

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企業の生物多様性リーダーシップ宣言に署名した企業のメンバー
=COP9ハイレベル会合会場で(撮影・安在尚人)

ビジネスと生物多様性:黎明期

企業の存在が生物多様性の問題の中で脚光を浴び始めたのは、10年以上も前にさかのぼることができる※1。これは、1990年代に進展した世界政治経済のグローバル化とも深い関係にある。90年代に入り、世界各国で地方分権化が進むと同時にEUASEAN(東南アジア諸国連合)、MERCOSUR(南米南部共同市場)など国を超えた枠組みでの環境問題への取り組みが進展し、また貿易・投資の自由化による企業活動の国際化が進展した。このため、各国政府の環境問題に対する役割が相対的に低下するとともに、企業活動がグローバルな環境問題に与える影響と責任(自分自身で自覚するかしないかは別にして)がかつてないほど大きなものとなっていった。例えば、90年代には企業による直接投資の額はODA(政府開発援助)の何倍もの額に上るようになり、こうした企業活動の影響を無視していては、環境問題に対して有効な対処ができないという認識が広く共有されるようになった。もちろん、生物多様性の問題も環境問題の一つとして、こうした時代の流れの中に置かれることとなったのである。

こうした時代の流れを反映したひとつの出来事として、例えば、IUCN(国際自然保護連合)の第一回自然保護会議(1996)において、初めて企業への働きかけに関する決議が採択された事実を挙げることができるだろう※2。また、1999年の世界経済フォーラムの場で前国連事務総長コフィ・アナン氏のイニシアチブによって開始された企業に対する働きかけである「グローバル・コンパクト」の取り組みや1998年に世界銀行とIUCNのイニシアチブによって開始され、巨大ダム建設に関するマルチ・ステークホルダー・ダイアログの事例として知られる「世界ダム委員会」などの例も、こうした時代の動きの中で生まれてきた一連の事象として理解することができるだろう。

※1 もちろん、それ以前から個別の案件をめぐる対立や社会貢献活動を通じた企業と自然保護の関係は長い歴史を持つが、その話題には今回は立ち入らないことにする。

※2 ちなみに、IUCN1996年に初めて本部事務局内に経済プログラムを立ち上げ、その後企業プログラムを設け現在に至っている。 

ビジネスと生物多様性:転換期

企業と生物多様性の関係について大きな転機となったのは、2002年にヨハネスブルグで開催された国連持続可能な開発サミット(WSSD)であろう。このサミットは、各国政府にだけ任せていては環境問題の解決が進まないとして、タイプ2コミットメントとして企業も含む各種の主体による様々なコミットメントが発表されるなど、企業がこうした環境問題に関する政治的な会議の場に積極的に参加する大きな転機となったイベントであった。特に、印象的であったのは、グリーンピースとWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)が同じテーブルに着き、各国政府に対して温暖化ガス削減を呼びかけたイベントであった(下写真参照)。これは、環境問題をめぐる政府と企業、NGOの関係の転換を象徴する歴史的瞬間の一つとして記憶される出来事であったといえる※3。

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話を生物多様性に戻すと、生物多様性にとってまず大きな関心対象となった産業セクターは、石油・ガス、鉱物資源などのいわゆる資源採取型産業であった。これは、こうした産業が、多くの場合生物多様性の豊かないわゆる未開の地で操業を行うことが多く、またその事業規模ゆえ環境に与えるインパクトが無視できないものであることによる。鉱業セクターに関しては、マルチ・ステークホルダーによる試みとしてMMSDMining, Minerals & Sustainable Development)と呼ばれるプロジェクトがヨハネスブルグサミットに向け実施されたほか、その後も様々な取り組みが企業やNGOの連携によって行われることとなった。特に2003年には、南アフリカのダーバンで開催されたIUCN第5回世界公園会議にあわせて、各種のコミットメントが発表された。

例えば、リオ・ティント、アングロ・アメリカンなど世界有数の鉱山会社が加盟する業界団体であるICMMInternational Council on Mining and Metals)は、2002年からIUCNとのダイアローグを開始し、その成果として2003年に今後「世界遺産」地域では鉱山の採掘や操業を行わないというコミットメントの発表を行った。さらに、シェルも「世界自然遺産」地域においては今後一切の石油・ガス資源等の探索、採掘を行わないことを宣言した。さらに、BP、シェルなど石油・ガス関連4企業とIUCN、コンサベーション・インターナショナルなど5つの自然保護団体が参加した“エネルギー・生物多様性イニシアチブ(EBI)”によるレポートも発表された(下写真参照)。その後も、ICMMIPIECAInternational Petroleum Industry Environmental Conservation Association)などの業界団体によるガイドライン作りや個別の企業とNGOの連携が様々なレベルで進むなど、この分野では生物多様性に関して様々な取り組みが引き続き行われている。

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また、2004年にバンコクで開催されたIUCN第三回世界自然保護会議も企業と生物多様性の問題にとって一つの転換点として記憶されるイベントであったといえる。バンコクでの会議は世界自然保護会議の歴史の中で、初めて企業やマーケットの話題が大きくとりあげられたものであり、約4,800人の参加者のうち企業関係者も約200人を数えた※4 。ただ、企業側はまだシェル、リオ・ティントといった常連の資源採掘型企業が中心であり、こうした企業とNGOの戦略的パートナーシップに関してもまだその是非について賛否両論の熱い議論が戦わされるという状況であった。その一方で、KPMGやインサイト・インベストメント社など金融サービス企業の参加や「生物多様性オフセット」、「エコシステム・マーケット」などの新しいアイディアに次の時代への萌芽も確かに感じられるなど、企業と生物多様性の問題にとっての転換期を象徴するイベントの一つであったといえよう。

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ある意味、この時期に資源採取型産業と世界遺産を始めとするいわゆる保護地域のコンフリクトがグローバルレベルで顕在化したというのは当然といえば当然のことであったともいえる。世界の保護地域は年々増加を続け、現在では陸地の10%以上を占めるに至っている(下図参照)※5 。一方、世界の人口は増加を続け60億人を突破しさらに増加を続けている。こうした中、我々の生活水準と経済活動を維持するための土地利用とそれを支える生態系の保全とのバランスの問題はグローバルレベルでどうしても避けることができない問題となっているのである。現在、原油を始めとするエネルギー価格やバイオエネルギーの増産による食料価格の上昇が問題となっているが、こうした問題も一時的なものというより(もちろん投機的な資金の流入という要因はあるにせよ)、こうした構造的な問題が背景にあると考える必要があるだろう。

図 世界の保護地域の推移(数、面積)

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出典:2003 United Nations List of Protected Areas, IUCN, UNEP WCMC 

※3 なお、WSSDでは、このほかにもIUCNWBCSDによる“ビジネスと生物多様性ハンドブック”の発表なども行われた。日本語訳版は以下からダウンロード可能(http://www.bdnj.org/pdf/BBhandbook_J.pdf)

※4 2000年にアンマンで開催された第二回世界自然保護会議では、企業関係者の姿や話題がほとんど見られなかったことを考えると隔世の感を覚えたことを記憶している。

※5 現在は、0.5%に過ぎない海洋保護区も今後急速に拡大することが予想されており、石油ガス資源や漁業資源の利用とのコンフリクトは、グローバルレベルで今後ますます顕在化するものと考えられる。

ビジネスと生物多様性:拡大期

次の企業と生物多様性に関する重要なマイルストーンとしては、2005年に発表されたミレニアム生態系評価(MEA)をあげることができるだろう。MEAは、世界中の1500人以上の科学者が参加して、グローバルな生態系の状態について評価を行ったものであるが、「生態系サービス」という概念によって、企業と生物多様性の関係をよりわかりやすく示すことに成功したという評価ができるだろう。MEAでは、世界の生態系の3分の2が、劣化しているか持続可能ではない方法で利用されているということを示したが、これは企業にとって、水や木材、食料といった生態系サービスのコストが今後ますます上昇していくということ、また、社会や消費者、従業員、規制当局等からの生物多様性の保全や持続可能な利用に関する企業への期待がますます高まるであろうことを示唆している。このように、MEAはこれまで資源採掘型産業など偏っていた生物多様性に関する関心が、より幅広い産業セクターに広がるきっかけの一つとなったレポートであったといえる。

またここ数年、すべての産業に対して大きな影響力を持つ分野として、金融セクターも生物多様性にとって重要なセクターとして次第に脚光を浴びるようになってきている。例えば2006年には、世界銀行グループの一つであるIFC(国際金融公社)の環境・社会ポリシー[11]が改定され、その中で生物多様性の問題が明示的に取り上げられることとなった。IFCの環境・社会ポリシーは、民間大手の投資銀行等の金融機関の環境社会投資原則である「赤道原則」の元になっているものであることから、この改定は世界のプロジェクトファイナンス全体に対して大きな影響を持つものと考えられている。また、2006年にUNEP金融イニシアチブの中で生物多様性に関する新しいプログラムが開始されたことも、こうした金融セクターにおける生物多様性への取り組みの一つの重要な出来事として明記することができるであろう。 

20063月にブラジルのクリチバで開催された生物多様性条約の第8回締約国会合で採択された企業の参画に関する決議(VIII/17. Private-sector engagement)※6は、生物多様性条約のプロセスの中に企業参画の重要性が明確に位置づけられたという点で重要なマイルストーンであった。この決議の反響は大きく、我が国の第3次生物多様性国家戦略の中で企業の参画が大きく取り上げられることになったのにもこの決議が影響していることは間違いない。なお、条約事務局ではこうした流れを受け、2006年から企業と生物多様性に関するコミュニケーションのツールとしてニュースレターBusiness.2010”の発行を始めている[15] 

※6 ちなみに、この決議は2005年1月ロンドン、同11月にサンパウロで生物多様性条約の下で開催された”企業と生物多様性2010年目標に関する会議”が伏線となっている。

ビジネスと生物多様性:今後の展望

EUではクリチバでの決議を受け、ポルトガルがEU議長国として200711月にEUレベルでのビジネスと生物多様性に関するハイレベル会議を開催した。これを受け、ポルトガル政府と欧州委員会はEuropean Initiative on Business & Biodiversityが開始されようとしている。これは、生物多様性に取り組む企業に対する補助金の提供、企業と生物多様性に関する情報提供・交換の仕組みの提供を主な柱としたものになると考えられているとのことである※7。また、このイニシアチブのもとEU各国に国レベルのプラットフォームの構築が進められており、ポルトガルでは、すでに50社程度がこのプラットフォームに参加しているとのことである※8。冒頭に挙げた「企業の生物多様性リーダーシップ宣言」は、ドイツ政府が生物多様性条約議長国として実施されているものであるが、今後はこうした類似の取り組みの住み分けや役割分担も課題となっていくであろう。

企業と生物多様性の問題の今後を占う上で、もう一つ重要な発表がCOP9で行われた。それは、TEEBThe Economics of Ecosystems & Biodiversity)のフェーズ1レポートの発表であった。これは、20075月にドイツのポツダムで開催されたG8+5環境大臣会合で採択されたポツダムイニシアチブに基づいて実施されていているスタディーであり、生物多様性の経済的側面について、気候変動の分野で行われたスターンレビューに類するものを作成しようという野心的な試みである。実際、このスタディーにはアドバイザーの一人として、ニコラス・スターン卿も名を連ねている。TEEBフェーズ1レポートでは、生態系や生物多様性から生み出されるいわゆる生態系サービスは主として貧困層に多くの恩恵をもたらしていること(”GDP for the poor”)、 別の言い方をすれば、この生態系サービスの劣化は貧困層に最も大きな影響を与えるという形で生物多様性は貧困の問題とも深く結びついていることなどが明らかにされた。

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TEEBのフェーズ22010COP10に向け作業が続けられることとなっている。この過程において、企業の意思決定に役立つツールの整備や生態系サービスへの支払い制度(PES)や生物多様性オフセットなどの具体的政策ツールに関する検討が行われる見込みとなっている。さらには、今後具体化が進むと予想される生物多様性版のIPCCといわれる機構※9にこれらの検討が引き継がれていくことも予想されており、こうした生物多様性をめぐる大局的な政策的動向は、様々な形で今後個々の企業の事業環境に影響を及ぼすものと考えられる。

企業と生物多様性をめぐる動きの中で、もう一つまったく別の動きとして注目されるのがいわゆるバイオミミクリーやネイチャーテクノロジーなどと呼ばれる分野である。これは、生物や自然のデザインや機構にヒントを得、模倣・応用して開発されたデザインや技術の総称であるが、こうした技術開発の促進や投資促進が今後注目される分野となる可能性が高い。COP9でもプレス発表が行われたが、この分野に関してUNEPIUCNZERI財団が現在Nature’s Best 100というプロジェクトを進めている。これは、世界の3000以上のバイオミミクリーに関する技術の中から最も優れた100を紹介するというコンセプトである。

以上、駆け足でビジネスと生物多様性をめぐる経緯と今後の見通しについて見てきたが、このほかにも農林水産業における認証スキームや医薬品産業におけるバイオプロスペクティング、エコツーリズム、バイオカーボン、生物多様性マネジメントサービスなど、ビジネスと生物多様性に関しては、まだまだ奥行きがあり、幅広い分野が存在している※10。そして、これらの分野は今後ともますます複雑化し、それぞれの発展をしていくものと予想されている。私達の経済活動は、結局のところどこかで自然とつながりを持ち、その恵みと制約の中で営まれている。この“あたり前”をもう一度認識し、そのリスクとチャンスを冷静に見極め、積極的な行動を起こすことが、いま企業にも求められているのだといえよう。

※7 カウントダウン2010事務局長セバスチャン・ウィンケラー氏からの私信による

※8 同上

※9 現在、MEAIMOSEBInternational Mechanism of Scientific Expertise on Biodiversity)を統合して生物多様性版のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)に類する機構を立ち上げる構想が進められている。

※10 例えばIUCNとシェルによるレポート”Building Biodiversity Business http://www.iucn.org/dbtw-wpd/edocs/2008-002.pdfなどを参照

(古田尚也 三菱総合研究所 海外事業研究センター 主任研究員)

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