4月22日は、アースデイ(地球の日)だ。1970年にアメリカで始まった身近な環境を守ろうとスタートしたアースデイは、瞬く間に全米に広がり、大気浄化法や水質汚濁防止法といった法律の制定につながる、社会を変える一大アクションとなった。
環境問題が、地域の問題から気候変動やオゾン層破壊、森林消失などの地球規模の問題へと深刻さをますにつれ、「地球環境問題を解決するために、全世界でアースデイを!」というアメリカ市民の呼びかけを受け、1990年4月22日には141の国・地域の市民が参加し、まさに「地球市民の誕生」を感じさせる画期的なアクションとなった。
日本で本格的なアースデイが始まったのも、1990年からだ。当時は、東京に本部を、地方に支部を置くという組織スタイルが一般的だった中、あえて地方の市民一人ひとりが主役だからと、世界各地と日本各地のアースデイを情報でつなぐ「アースデイ日本◎1990⇔2000◎東京連絡所」という小さな組織だけをつくり、全国にアースデイ・アクションを呼びかけた。この呼びかけに応えて、それぞれの地域で起こったアクションは200を超えることとなる。
当初、1990年から2000年までの20世紀の最後の10年が、今後の地球環境の将来を左右するとアメリカから呼びかけられたアースデイ。東京連絡所のボランティアとしてかかわった立場からすると、90年代の日本のアースデイは、市民に地球環境問題の深刻さをアピールし、意識の変革には一定の役割を果たしたと思う。
ただ、1990年に発表した『地球を救う133の方法』で、マイバッグの持参や、冷暖房温度の見直しといった日々のライフスタイルの転換も呼び掛けたのだが、現状を見るに、90年代のアースデイが、人びとの行動はもちろん、社会を大きく変えるというところまでには至らなかったというのが正直な感想だ。
気候変動が「今、そこにある危機」として実感できるようになってしまった今日、無理のない範囲で個人のライフスタイルを変えるというだけで、はたして気候変動を押しとどめることができるのか。その答えはNOであろう。あらためて、政治を動かし、社会を変えたというアースデイの原点を思い出し、アースデイという誰もが参加できるアクションを通じて、日本の社会を変えていく力へとしていくことが求められている。
温暖化問題の最先端をいく環境NGOの気候ネットワークは、遅々として進まない日本の温暖化対策を動かそうと「めざせ!温暖化政策トップランナー」キャンペーンを始めている。そこでは、日本政府に対して温暖化防止の中長期の温室効果ガス削減目標を掲げ、実効力のある政策の導入を要請する自治体議会の決議を促す「地方議会の決議キャンペーン」も行われている。アースデイに、自治体議会の議長との意見交換会や、決議を求める署名活動を起こすというのも一つのアクションだろう。 まもなく29回目のアースデイがやってくる。あなたのアースデイは、どんな1日となるのだろうか。
(廣瀬 稔也)
earthdaynetwork:http://ww2.earthday.net

























