安田喜憲さんは長年、環境と文明について研究してこられ、今や世界が注目する研究者です。
── 最近はどんな研究をなさっていますか?
カンボジアの森と水の文明です。有名なアンコールワットの文明(8~12世紀)よりもはるかに古い「プンスナイ遺跡」を発見しました。紀元1世紀、つまり2000年前くらいですから、おそらく東南アジアで最も古い文明だと思います。これまでに2回の発掘調査をしていますが、1回目の調査では「女王の国」だったことを発見しました。その時は日本のメディアは無視しました(笑)が、海外のメディアからは注目されました。2回目の調査では、「水の祭壇」を発見しました。漆喰を塗った水の貯蔵施設と水路が造ってあったのです。森と水の文明であったアンコールワットのルーツだったと言えます。これは日本のメディアも大きく報道しました。
東京財団記者発表:http://www.tkfd.or.jp/research/sub1.php?id=65
── 2002年に「日本よ、森の環境国家たれ」(中央公論社)という本を出されました。その意図を聞かせてください。
「森の思想」を物質的に言うと、「水の思想」でもあるということです。水を守るということは森を守るということ、水の循環系を守る思想であるということです。それはアジア型の稲作漁撈(いなさく・ぎょろう)文明です。ヨーロッパ型の畑作牧畜文明は森を破壊する文明です。生きとし生けるものを殺す人間と家畜の文明なのです。
森の思想のもうひとつの側面は精神性です。水と森を守るためには、自分のことだけを考えていてはいけない。人間以外、自分以外の生き物の命を守ることが必要です。それは慈悲の心、利他の心を持って生きることです。日本人はもともと「森の民」であり、森の思想を持っていたのだから、国として「森の環境国家」となるべきだと書いたのです。
── 生きとし生けるものという考え方は「多神教(アニミズム)」ですね? それは見直されてきているのですか?
観光客の数に表れています。エジプトのカイロ博物館は、押すな押すなの盛況です。知られていないですが、エジプトも多神教だった。ナイル川という水の文明だったのです。でも、私が1990年に「アニミズム・ルネッサンス」という論文を発表した時には、反論が相次ぎました。おどろおどろしい考えだと思われていましたが、今では世界中の学者や人々が認めるようになっています(笑)。
── 以前から研究されている「長江文明」も森の文明ですか? 縄文はどうですか?
長江文明は受け入れられています。中国も認めました。縄文は文明と呼べるかどうか? 日本の考古学者の99%からは認められていません。なぜなら、文明の定義である「文字」と「金属器」を持っていなかったからです。しかし、認めざるを得なくなってくるでしょうね。私は三内丸山遺跡を文明のもうひとつの定義である「都市」だと思っていますし、森の文明であったと考えています。
── 縄文の森の思想を現代の日本に取り戻すためにはどうすればよいのですか?
縄文の世界観を整理すると、一番目は、生きとし生けるものを大切にする心です。二番目は、「ものづくり」に集中していたこと。しかし、人を殺すものづくりはしていません。三番目は、女性中心の社会だったこと。四番目は、平等主義の社会だったこと。そして五番目は、最高の価値は命だったことです。お金ではなく。
我々は、縄文の世界観をもう一度思い起こして、その思想を未来の社会の構築に活かすことが重要です。特にこういう地球環境が危機的な状況になっている時代にそれを思い起こすことです。私は「生命文明の世界をつくれ」と言っています。人間も人間以外の命の輝きを大切にする文明をつくるべきだと思っています。
── 安田さんが研究し提唱してきた森の思想は、これまで決して万人が認める思想ではなかったとのことですが、現在では世界中が認める思想となっています。私たちも、この森の思想をもう一度勉強したいと改めて思いました。
安田喜憲さんプロフィール(国際日本文化研究センター):http://www.nichibun.ac.jp/research/faculty/staff1/yasuda.html
(聞き手/安在尚人、構成・写真/伊藤剛)






















